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三遊亭楽太郎

さんゆうていらくたろう

日本の落語家。2010年に「6代目三遊亭円楽」を襲名。
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概要

1950年2月8日東京都墨田区生まれ。本名 會泰通(あい やすみち)。
テレビ番組「笑点」の出演者の一人としても有名。引退した師匠(5代目三遊亭圓楽)の名跡を2010年2月に襲名し、以降「6代目三遊亭円楽」を名乗る。

2007年以降、毎年10月末から11月頭ごろに福岡市で一門や東西の枠を越えて落語家が集結し、高座を繰り広げる「博多・天神落語まつり」のプロデューサーとしても活動し、落語ファン層の拡大とともに、落語界の交流や融和に心血を注いでいる。

芸風

「大喜利」では腹黒く嫌味なキャラクターとして位置づけられており、社会問題に対する痛烈な風刺を効かせた回答をすることが多い反面、イジられることもある。
インテリキャラとしても回答するが、長い薀蓄を述べるため、途中で切られてしまうことがある。(もっとも、IQは146あり、会話の先が読めてしまうことがあるという。)
他方で、自分の答えが単純なダジャレだったりする場合に、笑ってごまかしながら答えることがある。
先代の三遊亭圓楽が司会者になって以降、司会者や他メンバーへのゴマすりや悪口を言う腹黒ネタで人気を博し、桂歌丸と罵倒合戦を繰り広げていた。
林家木久扇に次ぐ古参メンバーでありながらも、林家たい平がメンバー入りするまでは(古今亭朝次、後の7代目桂才賀が出演していた時期を除いて)最年少だった。

歌丸が「笑点」の正式司会に就任して春風亭昇太が加入してからは、隣のたい平と昇太と共に「ブラック団」を結成して団長を務めた。なお、歌丸への罵倒が更にエスカレートしたのはこの時期。そのせいか、歌丸に全員全部没収を初めて発動させたのは彼である。
なお歌丸が笑点の司会を卒業して昇太が新しく司会に就任してからは、昇太が脱退という形で代わりに「ブラック団」には2代目林家三平が加入する予定である(「笑点」に初登場した時の着物の色が黒だったから)。その際はマスコミなどから次期司会者候補筆頭に挙げられながらも落選したことや、昇太の独身・低身長を罵倒して座布団を取られることがある。
歌丸死去ネタについては歌丸降板後も度々使っており、直接歌丸の名を出すこともあれば、名前こそ出さないものの、歌丸を連想させる表現を用いることもある。こうした歌丸罵倒ネタについて、円楽はとある国会議員の不祥事との関連で「(歌丸への暴言は)権力に逆らっただけ」と主張したことがある。
もっとも実際には歌丸とは仲が良く、しょっちゅう二人会などを開いたり、歌丸の家に稽古しに行くなどしている。これは、5代目三遊亭円楽が司会者になったのに伴い、どういうキャラで行こうかとした際、歌丸から「私の事をネタにしてもいい。」とアドバイスされたためである。それまでは日和見キャラだった。
当時、歌丸との対立ネタは4代目三遊亭小圓遊が担当していたものの、彼は過度のストレスから来る深酒が原因で病に倒れ、急逝。歌丸にとっても、笑点においての「敵役」が不可欠の状態にあったといえる。
そのため、歌丸の方でも罵倒されても笑っていたり、円楽も「罵倒ネタを用いた際は収録後に毎回謝っている」と笑点の挨拶で発言したこともある。一方で、6代目円楽の襲名披露興行を寄席で行うことができたのは、歌丸が会長を務める落語芸術協会の協力があったためである(5代目圓楽の師匠である6代目三遊亭圓生が落語協会を脱退したときの経緯によって圓生一派が寄席から締め出されて以降、その流れを汲む円楽一門会も寄席に出演していない)。
その後2017年より客員会員の身分で自身に限定して落語芸術協会に加盟している。

他にも。噺家でありながら政治思想を隠さないため、「芸人は政に過度に口をだすべきではない」という戦前派や、その影響が色濃い彼と同世代である叩き上げ組とは反りが合わず(彼がしょっちゅう木久扇と話が噛み合わないのはこのためである。ただし別に木久扇と不仲というわけではない)、歌丸は戦前派の中では自身も社会風刺をよく使うこともあって数少ない理解者であった。

また、兄弟弟子の好楽を素人扱いし罵倒するのは楽太郎時代からあったが、円楽を襲名してからはよりエスカレートしている。

歌丸卒業によって「次期大喜利司会は彼ではないのか?」という予想が多かったが、実際は昇太が就任となった。しかし、円楽は現在でも司会の座を狙っているという。
これには様々な説があり、既に円楽が回答者としてのキャラが確立している事とブラック団(特にたい平と)の連携したネタが名物になってしまった事もあるとされている。

2018年4月1日の放送では念願の司会に就任し、代わって春風亭昇太が円楽の席に。その日は昇太へ座布団をあげまくったため、放送終了時点で9枚に達した。なおこの日は4月馬鹿であり、翌週は元通り。ただ円楽の座布団は9枚でスタートしたが、どんなに良い答えを言っても座布団をあげなかったため結局10枚は出なかった。

笑点での歌丸最後の司会の日

司会に歌丸が就任して以降は先述の通り「ジジイ」VS「腹黒」の罵倒合戦が名物となっていた。
ところが歌丸最後の笑点司会の日のお題の一つでこのようなやりとりがあった。

歌丸「笑点に涙は似合わないので豪快に笑ってください。私がどうしたの?って聞くので答えてください。」

円楽 (挙手)
歌丸「円楽さん」
円楽「わっはっはっ!」
歌丸「どうしたの?」
円楽「笑ってないと涙が出るんです。」
歌丸「一枚やろう!」

無論、その後にいつもの罵倒ネタで座布団没収されたが・・・。

しかし、お題の回答としては彼の心情が大いに込められたものであり、多くの視聴者もこの回答に心を打たれた。

歌丸との今生の別れ

2018年7月2日に歌丸が死去。この報せに「旅先の仕事中の為申し訳ありません。とうとう洒落にならなくなりました。 (中略) 本当の父親、育ての親の先代(五代目圓楽)。守ってくれた最後の父親(歌丸)との別れです。楽さんと呼んで側に置いてくださってありがとうございました。頼る人が居なくなりました…合掌」と一筆の形で述べた。

最後の入院に際して4月・5月・6月に見舞いに訪れていたようで、4月には危篤の状態であったらしく一度は諦めていたのだが、奇跡的にリハビリに励んでいたところまで回復し最後に見舞いに訪れた時に発声トレーニングをする姿を見て回復に向かっていると安心しきっていた矢先の訃報だったという。
そして歌丸死去後、7月8日の笑点歌丸追悼回では前半は袈裟姿で現れ(実は円楽は得度を積み曹洞宗の僧侶の資格を持っている)、後半の大喜利ではトリの回答を務めたのだが、歌丸へのこれまでの感謝と共に最後のジジイ罵倒ネタとして「ジジイ!早すぎるんだよ!」と思いのたけを込めた形で〆た。その際は目には光るものがあり、最後の挨拶では手拭いで目を拭う姿があった。

余談・エピソード

  • 落語家になった理由は、「父親が警察官で反抗心から学生運動に参加していたが、ユートピアを追うことに疲れ、その時に落語を聞き直したらその中にユートピアを見つけたから。」と語っている。
  • また5代目圓楽への弟子入りは、通常は師匠に頭を下げて入門する落語界でも珍しく師匠からスカウトされるものに近かったとされる。元々は5代目のカバン持ちのアルバイトだった(弟子にすればタダで使えると5代目の考えがあった説もあり)。
  • 実は5代目が司会だった頃に大喜利中にダメ出しされる事がよくあった為、降板を考えた事もあるがプロデューサーの説得で思いとどまって今に至っている。
  • 伊集院光の落語家時代の師匠でもある。
  • マラソン走者の瀬古利彦氏に顔が似ていると言う事で、若い頃は瀬古の物真似でテレビ出演する機会が多かったが、35歳のときに落語で勝負したいという思いから封印する。但し、後年はこの封印を解いたようであり、笑点の大喜利でも稀に瀬古氏の答えを披露した他、旧国立競技場解体前に行われたイベントでは、「トシヒコ・セコ」のアナウンスの後、笑点のテーマ曲とともに円楽が登場する、という演出があった。直後に瀬古利彦本人が登場し、共演している。
  • かつては代々木アニメーション学院の学院長を務めていた。
  • 女子大生が選ぶイケメン落語家グランプリで1位を取ったことがある。
  • 6代目襲名に前後して9代目林家正蔵祝儀脱税事件が発覚し、そのとばっちりで円楽も税務署に呼び出され調査されたと言う。一般の前では笑点などで笑いの種にしていたがその実、かなり憤慨していた。曰く「襲名披露で黒字が出るのは根岸の林家一門だけ」
  • 2016年6月にゴルフ会で知り合った女性とホテルから出たところを週刊誌に報じられ、潔く不倫疑惑を認めて謝罪し、落語家として一から精進することを明らかにした。2017年11月にも同じ女性との疑惑が再浮上したが、ただ単にゴルフをしていただけであった事により沈静化した。
  • 上記の会見後に収録された第2520回(7月3日放映)では、登場して着席するや、まだ何も言っていないのに、昇太に座布団をいきなり全部取り上げられたのを皮切りに、他のメンバーに不倫・ホテルネタをかまされ、自らも自虐ネタを披露するなど、笑点流の『禊』により散々な目に遭った。たい平に関しては自業自得だが
  • IQ146で人の会話の先が読めてしまうと前述されているが、実際には他人をイジるのは得意だが自分がイジられるのは苦手。木久扇が与太郎キャラをかなぐり捨てる(通称ダーク木久扇)と、まっさきに涙目にさせられてしまう。また、たい平に一杯食わされることも多い。


関連タグ

桂歌丸 三遊亭小遊三 林家木久扇 山田隆夫
会一太郎…息子で声優兼落語家(三遊亭一太郎)

ゲートボール:審判の資格を持っており、1980年代テレビ朝日で放映されていた「おはようゲートボール」で審判として出演していたこともある。

犯人はヤス:本名と、ネタで歌丸や5代目を年中殺していたことから。実在する犯人はヤス

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