ピクシブ百科事典

林家こん平

はやしやこんぺい

林家こん平は、新潟県出身の落語家である。

来歴

1943年(昭和18年)生まれ。本名は笠井光男(かさい・みつお)
新潟県千谷沢村(現長岡市)出身。師匠は初代林家三平

1966年(昭和41年)より日本テレビの長寿番組『笑点』に第1回から出演(開始当時はまだ二つ目だった)。
途中1969年より降板していたが、1972年に復帰。以後、2004年まで32年間に渡り番組に出演していた。
自身の出身地である千谷沢村を「チャーザー村」と呼びものすごいド田舎のように誇張するネタが定番の1つであった。なお、このネタに関してはジャンプ放送局に彼の親戚を名乗る投稿者が「本当なの?と言われて困っている」という投稿を寄せたことがある。

しかし、2004年に多発性硬化症という難病を患い、『笑点』を休演。暫くは弟子の林家たい平が代役で出演していたが、2006年に復帰のメドがたたないことから、五代目三遊亭円楽の勇退に合わせてたい平が正式にレギュラーとなった(現在も降板ではなく休演中という事になっている)。
現在も療養中で、糖尿病の悪化により左足の指を切断。2014年以降わずかずつではあるがTV出演も行っている。

2015年には24時間テレビ〜愛は地球を救うで11年ぶりに笑点の席に座り、メンバーや観客とともに持ちネタである「チャラーン!!」を披露。2020年の高座復帰を目標にリハビリ継続を宣言した。

2016年の同番組では、チャリティーマラソンに挑戦するたい平に触発され、自力歩行と文字を書くリハビリを受けていたことが特集され、当日は愛弟子に直筆のメッセージを添えたタオルを手渡した。

趣味は卓球で、三遊亭小遊三と対決したこともある。(こん平が新潟出身で、小遊三が山梨出身であることから、川中島の戦いを模した卓球対決となった。)

師・林家三平の急逝に伴う“林家三平門下・離散の危機”に尽力した人物でもあり、移籍を決意した弟子を除いて師の門下であった弟弟子たちを自分の弟子として繋ぎ止め、若手弟子の多くを育て上げた苦労人で三平門下の功労者でもある。



関連タグ

噺家 林家
林家たい平

pixivに投稿された作品 pixivで「林家こん平」のイラストを見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 5389

コメント