概要
1923年9月1日 - 関東大震災で東京が壊滅。旧来の「会社」と対立する諸派(睦会ら)の体制では立ち行かなり、1923年10月 -「会社」も諸派も解散し、東京落語界が大同団結し、全員が合同して落語協会を設立する。
しかし1924年5月の会長の五代目柳亭左楽らが離脱し「睦会」を再興(1937年崩壊、柳亭左楽ら一部は日本芸術協会に移籍。)、1927年の初代柳家三語楼一門が退会し、全く同名の落語協会を設立(3年後に解散し三語楼は復帰するが1932年再度離脱。)と2度の分裂、1940年の日本芸能文化連盟及び構成団体として講談落語協会結成にともなう活動停止、戦後も三遊亭圓生一門や立川談志一門の独立による離脱(圓生一門は五代目圓楽一門を除いて復帰)もあったが今でも落語界の最大勢力である。
24年時点、当代会長(戦後12代目)は2代目柳家さん喬。
歴代会長
落語協会歴代会長(戦前)
五代目柳亭左楽(1923年 - 1924年自ら脱退、協会分裂まで)
三代目柳家小さん(1924年 - 1926年)
五代目三升家小勝(1926年 - 1939年死去まで)
六代目一龍斎貞山(1939年 - 1940年)講談師が「落語協会」の会長になった。
講談落語協会会長
6代目一龍斎貞山(1940年 - 1945年東京大空襲による死去まで(上野山下で弟子により遺体が発見される))
戦後
会長
氏名 | 在任期間 | 備考 | |
---|---|---|---|
1 | 4代目柳家小さん | 1946年 - 1947年 | 在職中死去 |
2 | 8代目桂文治 | 1947年 - 1955年 | 在職中死去 |
3 | 8代目桂文楽 | 1955年 - 1957年 | |
4 | 5代目古今亭志ん生 | 1957年 - 1963年 | |
5 | 8代目桂文楽(再任) | 1963年 - 1965年 | 文楽の在職中、副会長の役職が新設される |
6 | 6代目三遊亭圓生 | 1965年 - 1972年 | 副会長から昇格 |
7 | 5代目柳家小さん | 1972年 - 1996年 | |
8 | 3代目三遊亭圓歌 | 1996年 - 2006年 | 副会長から昇格 |
9 | 5代目鈴々舎馬風 | 2006年 - 2010年 | 副会長から昇格、現・最高顧問 |
10 | 10代目柳家小三治 | 2010年 - 2014年 | |
11 | 4代目柳亭市馬 | 2014年 - 2024 | 副会長から昇格 |
12 | 2代目柳家さん喬 | 2024年 - |
副会長
氏名 | 在任期間 | 備考 | |
---|---|---|---|
初代 | 2代目三遊亭円歌 | 1963年 - 1964年 | 在職中死去 |
2代 | 6代目三遊亭圓生 | 1964年 - 1965年 | 6代目会長に昇格 |
3代 | 8代目林家正蔵 | 1965年 - 1972年 | 顧問に就任 |
4代 | 10代目金原亭馬生 | 1978年 - 1982年 | 在職中死去 |
5代 | 6代目蝶花楼馬楽 | 1982年 - 1987年 | 在職中死去 |
6代 | 3代目三遊亭圓歌 | 1987年 - 1996年 | 8代目会長に昇格 |
7代 | 3代目古今亭志ん朝 | 1996年 - 2001年 | 在職中死去 |
8代 | 5代目鈴々舎馬風 | 2001年 - 2006年 | 9代目会長に昇格 |
9代 | 4代目柳亭市馬 | 2010年 - 2014年 | 11代目会長に昇格 |
10代 | 9代目林家正蔵 | 2014年 - 2024年 |
1963年新設。現在副会長の9代目正蔵と8代目正蔵(後の彦六)と副会長在職中に亡くなった人物以外は全員会長に昇格している