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読売ジャイアンツ

よみうりじゃいあんつ

日本のセントラル・リーグに所属するプロ野球球団の一つ。保護地域は東京都。親会社及び創設者は読売新聞社。
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正式名称は読売巨人軍(もしくは東京讀賣巨人軍)。通称『巨人』か『ジャイアンツ』。日本初のプロ野球チーム。本拠地は後楽園球場を経て現在は東京ドーム

このチームの呼びかけで日本のプロ野球が始まったこともあり、「球界の盟主」と呼ばれる。
大手マスコミを親会社に持つ宣伝力と資金力から、選手の待遇は最も恵まれていると言われ、名実ともに日本一の名門チームである。

かつてテレビ中継されるスポーツが、大相撲やプロ野球程度だった時代は(後述のフィクションの題材にされたように)絶大な人気を誇っていたが、1990年代以降パ・リーグの在京・在阪球団の一部が地方に拠点を移したこと、サッカーなど他のスポーツとの競合でプロ野球の人気が独占的ではなくなったこともあり、現在はかつてほどのネームバリューは薄れたといえるだろう。

一方で強豪チームの多分に漏れず、その権力にものを言わせた強引なやり方から、アンチも多く抱えている。

歴史

プロ野球の産声と共に

1934年、日本プロ野球の歴史と共に大日本東京野球倶楽部が結成。
当時人気の六大学野球に対して、「職業野球」と蔑視されながら、ノーヒットノーランを3回達成した豪腕沢村栄治、初の三冠王中島治康らを擁し、高い技術を見せ付けて次第にファンを獲得。太平洋戦争で中断されるまでの9年間で8回の優勝(36年は秋季、37年は春季、38年は秋季優勝、その後は一シーズン制)を飾り、第一期黄金時代を築いた。

じゃじゃ馬・青田と赤バット・川上

プロ野球の戦争からの復興は早く、1945年(昭和20年)11月には東西対抗戦、翌年には早くもペナントレースが再開された。
混乱期の中、ジャイアンツは快進撃を続ける。1940年代こそ優勝は一回だけだが、1950年代に入ると第二期黄金時代が幕を開ける。1951年からは日本シリーズ3連覇、一年おいて1955年にも日本一になるなど、手のつけられない強さだった。この時代で忘れてはならないのが、西鉄ライオンズとの死闘である。ジャイアンツからライオンズの監督に転身した故・三原脩は、「打倒・ジャイアンツ」を目標に新興ライオンズを育て上げ、1956年から1958年にかけては、日本シリーズで三度ジャイアンツと対決し、三度ともこれを下す。ジャイアンツにとっては屈辱となったが、いずれも日本野球史上に語り継がれる熱戦となり、ファン層の拡大に大きく寄与することになった。

ONとV9

大リーグでも例を見ないV9。日本の高度成長期と歩みを共にする快進撃が始まったのは、65年(昭和40年)、川上哲治監督就任5年目からだった。この時期のジャイアンツは、長嶋茂雄王貞治というスーパースターを軸に、堀内恒夫高橋一三を中心とした投手陣、スピードに優れる柴田勲高田繁ら脇役陣も充実し、それぞれが個性を発揮。圧倒的な強さで他チームを蹴散らした。
この間、セ・リーグでは村山実江夏豊を擁する阪神タイガース星野仙一板東英二高木守道らを抱える中日ドラゴンズ、パ・リーグでは闘将・西本幸雄監督率いる阪急ブレーブスが立ちはだかったが、いずれも巨人に屈し、V独走を止めることは出来なかった。

挫折と80年代

しかしドラフト制の導入による各チームの戦力均等化が進み、さしもの巨人といえども、圧倒的な強さを発揮できた時代は終わった。
長嶋茂雄監督の初年は、屈辱のリーグ最下位。翌年は巻き返して優勝するなど、浮き沈みの激しいチーム状態が続く。川上哲治監督の後釜は、長嶋→藤田元司→王貞治→藤田(第二次)と続くが、2年連続リーグ優勝は1976~77年、1989~90年の2回だけ。各チームの力がいかに拮抗していたかが分かる。
この時期最大の話題は、王貞治の本塁打世界記録。1976年10月11日、ベーブ・ルースを超える715号本塁打、77年9月にはハンク・アーロンの大リーグ記録を破る756号本塁打を放つ。80年にバットを置くまで、積み重ねた本塁打は868本と、まさに前人未到の記録を打ち立てた。
この時期に育てた若手には、小林繁西本聖角三男鹿取義隆中畑清河埜和正松本匡史篠塚和典原辰徳等がいたが、小林に関しては江川事件がきっかけとなりライバル球団、阪神タイガースにトレードされるという悲劇に見舞われた。
やがて1988年、本拠地が日本初のドーム球場、東京ドームに変わる。

ミスター復権

Jリーグ人気に押され、プロ野球の危機が叫ばれていた1993年、長嶋茂雄監督が復帰。プロ野球人気は一気に盛り返した。
1994年は、史上初の同率首位チーム同士の最終試合直接対決(10.8決戦)で、中日を下し優勝。1996年にはセ・リーグ史上初の広島との最大11.5ゲーム差をはねかえして優勝。この大逆転優勝は長嶋が「メークドラマ」と命名、流行語にもなった。劇的な試合展開、スリリングなペナントレースは、ファンの心をがっちりつかんだ。
この頃の選手には松井秀喜仁志敏久二岡智宏桑田真澄斎藤雅樹槙原寛己などがいる。
だが球団の上層部が日本球界に対し、強引に自球団に有利な制度(ドラフトの逆指名制度やFA制度など)の導入を押しつけ、他球団の大物選手を次々に獲得する行為を(現在に至るまで)大々的に行ったために、他球団(とそのファン)からはこれまで以上に憎しみを買い、また従来のファンが離れていったのも事実である。
同時にチーム内の戦力バランスも大きく損ない、時間をかけた若手の育成が年を追うごとに困難になり、結果として(これも現在に至るまで)毎年のように対症療法的な補強を繰り返す負の遺産を抱え込むことになる。
長嶋監督は21世紀最初の2001年シーズンを最後に勇退(終身名誉監督に就任)し、原辰徳新監督の元で、2002年シーズンからの戦いが始まった。

育成と補強の狭間で、原巨人以降

原監督初年度は優勝、そして日本一で飾ったが、翌年2003年にライバルである阪神タイガースに優勝されると原監督は退任する。それから堀内恒夫が監督に就任したが、暫く優勝できないシーズンが続き、暗黒時代へと突入する。
堀内監督辞任後は再び原監督が復帰、フロントもそこから意識を変え、坂本勇人亀井義行といった無名の若手が台頭するようになると、2007年から2009年までにセ・リーグとしては久々の3連覇を達成、2009年には7年ぶりの日本一を達成。
2010年、2011年はともに3位に終わるが、2012年から2014年と再び3連覇を達成。2012年には3年ぶりの対決となった北海道日本ハムファイターズを再び破って日本一に輝いたが、2013年は東北楽天ゴールデンイーグルスに初の日本一を許し、2014年はクライマックスシリーズで阪神に4連敗を喫し、日本シリーズ出場を逃した。2015年は序盤から打撃陣の不振が続いたが、菅野智之マイルズ・マイコラス、クローザー転向の澤村拓一ら投手陣の奮闘とチーム力で東京ヤクルトスワローズ、阪神、広島東洋カープとの大混戦の優勝争いを演じる。最後はヤクルトに優勝を明け渡す形となり、V逸の責任を取って原監督が退任した。
また、野球賭博による一連の問題が明るみになったこともあり後任人事が危ぶまれたが、高橋由伸の引退と監督就任という形に落ち着いた。
2016年は辛うじて2位を死守したが、若手の伸び悩みによる層の薄さがたたって広島東洋カープに独走を許したあげく、クライマックスシリーズ第1ステージで3位・横浜DeNAベイスターズに敗退。
オフに交換トレードで日本ハムから吉川光夫投手、石川慎吾外野手、東北楽天から柿沢貴裕内野手、FAで福岡ソフトバンクホークスから森福允彦投手、横浜DeNAから山口俊投手、日本ハムから陽岱鋼外野手を獲得するなど、30億円もの大補強で大胆な血の入れ替えを行った。東北楽天ゴールデンイーグルスでプレー経験のあったケーシー・マギー内野手も加入。

2017年、V奪還が期待されたがキャンプ、オープン戦で早くも故障者続出、まさかの最下位に沈んでしまい大いに不安を感じさせるスタートになった。
開幕5連勝するなど一時は好調かと思われたが、その後5連敗するなど不安定な戦況が続き、オフの大補強組は石川を除いて故障者と不調者ばかりでまるで戦力にならなかったばかりか、交流戦前の広島戦では全く歯が立たず1勝11敗という大ブレーキとなり、首位を争う広島・阪神から遠く離されて早くもペナントレースから脱落する悲惨な状況となった。
個人記録ではエースの菅野が3連続試合完封を挙げ、マイコラスも健在、左腕・田口が一本立ちをして防御率2点台を誇るなど先発投手陣の活躍もあったが、坂本・マギー以外の打線がまるで振るわず、不調のまま突入した交流戦では13連敗を喫し、1975年以来42年ぶりにワースト記録を更新してしまった。
連敗脱出後の日本ハム戦では日本ハムに放出した大田泰示外野手の活躍により敗北を喫する等、現在の巨人が選手育成を怠った末に低迷する象徴といえる。そして日本ハム戦の後、球団はシーズン前半では異例の堤辰佳がGMを辞任し、鹿取義隆が後任を就く事を発表した。
交流戦後、不調を脱した森福、故障から復帰した陽岱鋼がようやく機能、山口俊も戦列に復帰してようやく追撃態勢が整ったと思いきや、その山口が「酒乱事件」を起こして謹慎処分を受けたり、澤村が手術に失敗したと報道されるなど不祥事が絶えず。
それでもマギーを2番に据え、ベテラン・村田修一をスタメンに据えたとたん、戦況は好転して大きな連敗はせず、菅野・マイコラス・田口の三本柱が10勝を突破し、そこに畠世周投手が安定したピッチングを見せ、9月中頃にDeNAを抜いて3位に返り咲いた。それでも首位・広島、2位・阪神との差を詰めることはできず、その後のビジターでは中日と優勝した広島に連敗を喫し、4位に逆戻り。9月30日と10月1日に阪神に連敗を喫し4位。初めてクライマックスシリーズ出場を逃した。

シーズン終了後、社会人捕手2人を上位に指名する異例のドラフトを行ったほか、FAで埼玉西武ライオンズ野上亮磨投手、中日ドラゴンズとの契約交渉を打ち切ったアレックス・ゲレーロ、後述するマイコラスの代わりにテイラー・ヤングマン投手を獲得したまではよかったが、代わりに菅野に次ぐ先発投手のマイコラスが大リーグに復帰、不調の打線にあって充分に機能したベテランの村田修一内野手を自由契約、そして野上の人的補償に2015年に先発ローテーションを担った高木勇人投手が西武に流出、ヤングマンは外国人枠(マシソン、カミネロ、マギー、ゲレーロ)の影響で起用法が難しいという、ちぐはぐな選手補強に期待よりも不安が高まる結果となっている。
また、2018年3月にはMLB球団のシカゴ・カブスを離れた上原浩治が10年越しに古巣へと戻ってきた。

2018年は岡本和真が22歳にして打率3割・30本塁打・100打点を達成するが、シーズンは3位に終わり、高橋監督は今季限りでの辞任を表明した。後任は、原が3度目の登板となる。


フィクションの読売ジャイアンツ

ジャイアンツに所属する選手が主人公となる作品には、巨人の星侍ジャイアンツミラクルジャイアンツ童夢くんリトル巨人くんなどがある。また、ドカベンでは微笑三太郎選手が所属していた。その一方で野球狂の詩では舞台がセ・リーグであるにもかかわらず、個々の選手が1カット登場するのみで終わっている。

パワプロシリーズでは猪狩守がパワプロ7・2010で所属。

選手一覧

2018年11月8日現在

監督・コーチ

一軍

83原辰徳…監督
87吉村禎章…打撃総合コーチ
81宮本和知…投手総合コーチ
71水野雄仁…投手コーチ
80後藤孝志…打撃コーチ
77元木大介…内野守備兼打撃コーチ
82鈴木尚広…外野守備走塁コーチ
79相川亮二…バッテリーコーチ
90ジョン・ターニー…トレーニングコーチ
91穴吹育大…トレーニングコーチ

ファーム

76高田誠…二軍監督
72井上真二…三軍監督
73三澤興一…投手コーチ
78木佐貫洋…投手コーチ
85杉内俊哉…投手コーチ
106会田有志…投手兼トレーニングコーチ
74金城龍彦…打撃コーチ
75村田修一…打撃コーチ
103堂上剛裕…打撃コーチ
86古城茂幸…打撃守備コーチ
70片岡治大…内野守備走塁コーチ
104藤村大介…守備走塁コーチ
84松本哲也…外野守備走塁コーチ
89秦真司…バッテリーコーチ
102吉原孝介…バッテリーコーチ
105木村龍治…トレーニングコーチ

巡回

100小谷正勝…巡回投手コーチ
101内田順三…巡回打撃コーチ

投手

11上原浩治
13森福允彦
15澤村拓一
17大竹寛
19菅野智之
20スコット・マシソン
21吉川光夫
23野上亮磨
26内海哲也
28畠世周
29鍬原拓也
30宮國椋丞
36桜井俊貴
37田原誠次
39テイラー・ヤングマン
40谷岡竜平
41中川皓太
42山口俊
44アルキメデス・カミネロ
45今村信貴
48池田駿
50戸根千明
53高田萌生
57高木京介
62篠原慎平
64大江竜聖
90田口麗斗
91與那原大剛
92サムエル・アダメス
95クリストファー・クリソストモ・メルセデス
97廖任磊
003山川和大
006坂本工宜
011高井俊
013堀岡隼人
017山上慎吾
019田中優大

捕手

22小林誠司
27宇佐見真吾
38岸田行倫
46大城卓三
69田中貴也
94河野元貴
005広畑塁
007小山翔平
010高山竜太朗

内野手

00寺内崇幸
0吉川尚輝
6坂本勇人
10阿部慎之助
25岡本和真
33ケーシー・マギー
52北村拓己
56山本泰寛
60若林晃弘
61中井大介
63田中俊太
65辻東倫
68吉川大幾
93湯浅大
96ホルヘ・マルティネス
98増田大輝 
001比嘉賢伸
008折下光輝

外野手

2陽岱鋼
5アレックス・ゲレーロ
7長野久義
9亀井善行
32橋本到
43重信慎之介
49石川慎吾
58立岡宗一郎
59松原聖弥
66村上海斗
67和田恋
99青山誠
002加藤脩平
004笠井駿
022荒井颯太

OB

青木高広
青田昇
朝井秀樹
浅野啓司
有田修三
淡口憲治
阿波野秀幸
石井浩郎
石井義人
石毛博史
一岡竜司
井端弘和
入来智
入来祐作
上田和明
内海五十雄
江川卓
江藤智
王貞治
大久保博元
大西崇之
大田泰示
大村三郎
岡崎郁
岡島秀樹
緒方耕一
小笠原道大
小関竜也
小田幸平
越智大祐
落合博満
柿澤貴裕
笠原将生
柏田貴史
香月良太
加藤健
門倉健
鹿取義隆
金田正一
金刃憲人
川相昌弘
川上哲治
川口和久
川中基嗣
河原純一
河本育之
岸川勝也
北篤
木田優夫
木村拓也
清原和博
工藤公康
久保裕也
公文克彦
黒江透修
黒沢俊夫
桑田真澄
香田勲男
河埜和正
河野博文
小久保裕紀
小坂誠
小林繁
小林雅英
駒田徳広
小山雄輝
斎藤雅樹
酒井順也
栄村忠広
定岡正二
真田裕貴
實松一成
沢村栄治
篠塚和典
柴田勲
清水隆行
條辺剛
末次利光
勝呂壽統
須藤豊
角三男
高木勇人
高田繁
高橋一三
高橋尚成
高橋由伸
谷佳知
田畑一也
千葉茂
辻内崇伸
円谷英俊
鶴岡一成
土井正三
東野峻
豊田清
中尾孝義
中島治康
中畑清
長嶋一茂
長嶋茂雄
二岡智宏
仁志敏久
西村健太朗
西本聖
野村克則
橋本清
馬場正平
林昌範
張本勲
広岡達朗
広澤克実
福王昭仁
福田聡志
藤井秀悟
藤田元司
別所毅彦
堀内恒夫
マイケル中村
前田幸長
槙原寛己
松井秀喜
松本匡史
松本竜也
水原茂
村田真一
村田透
村田善則
森昌彦
矢貫俊之
矢野謙次
山口鉄也
山倉和博
山本功児
吉岡雄二
吉田孝司
吉武真太郎
与那嶺要
脇谷亮太
渡辺秀武

外国人

ジョン・シピン
ビル・ガリクソン
ウォーレン・クロマティ
呂明賜
シェーン・マック
バルビーノ・ガルベス
趙成珉
ロベルト・ペタジーニ
タフィ・ローズ
ダン・ミセリ
ブライアン・シコースキー
李承燁
アレックス・ラミレス
セス・グライシンガー
マーク・クルーン
ディッキー・ゴンザレス
レビ・ロメロ
デニス・ホールトン
ホセ・ロペス
ジョン・ボウカー
ホアン・フランシスコ
フレデリク・セペダ
レスリー・アンダーソン
ルイス・クルーズ
マイルズ・マイコラス
ギャレット・ジョーンズ


永久欠番

1・王貞治
3・長嶋茂雄
4・黒沢俊夫
14・沢村栄治
16・川上哲治
34・金田正一

マスコット


関連サイト

公式

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京成電鉄・・・創設当初は筆頭株主で1947年まで出資。

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