概要
日本におけるノーヒットノーラン(無安打無得点試合)
野球の試合において、9回(延長なら勝敗を決する時点)まで相手チームに安打と得点を許さず勝利する事。
このうち、四球、死球、エラーになどによるいかなる出塁も許さなかった場合は「完全試合」と呼ばれる。またノーヒットノーランの達成人数は完全試合達成者を含んでいる。
ノーヒットのヒットは安打で、ノーランのランは得点である(間違えられることが多いがホームランでも盗塁でもなく、得点の英訳である「Run」から)。
NPB(日本プロ野球)などでは先発投手が試合終了まで一人で投げ切る事を記録成立の条件としており(完全試合も同様)、抑え投手などと交替した場合は参考記録となる。また9回まで投げ切ったものの、味方も得点出来ずに延長に突入した場合は必ず延長で勝つまで投げ切ることが条件で、引き分けとなった場合は達成とならない。
また、無安打無出塁をキープしていても、雨天などのコールドゲーム(=9回まで続かない)による勝利の場合も同様で、高校野球の地方大会などでの点差によるコールドゲームも同じ扱いである。
2018年より申告敬遠が導入されたことにより、ルール上は0球(27人連続申告敬遠→すべてけん制アウト。申告敬遠は投球数0扱い)でノーヒットノーランを達成することができるようになった(正確にはこれ以前も可能だったが、4ボークで四球→けん制アウトという到底まっとうではない手段が必要。順当な手段では死球→けん制アウトの27球が最少。いずれも悪質なプレイとして退場させられる可能性がある)。
1936年のプロ野球誕生以来、2024年6月時点で90人、計102回(完全試合16回とポストシーズンの1回を含む)記録。また参考記録である継投による達成は5回(ポストシーズンの完全試合1回を含む)記録、このうち森弘太郎・山井大介・山口俊が継投での記録後に単独でのノーヒットノーランを達成している。
(継投、延長含む)NPBシーズン公式戦で試合終了まで無安打で抑えながら、相手に得点を許した試合は4回、このうち1939年の南海対阪急戦は1対2で無安打の阪急が勝利しており、日本プロ野球史上唯一の「相手を無安打に抑えて敗戦」(南海側から見て、なお阪急側から見れば「史上唯一の無安打で勝利」となっている)。
(継投、延長含む)公式戦以外では、オープン戦ではこれまで3度、オールスターゲームでは1971年の第1戦で、セが先発の江夏豊のあまりに有名な9連続三振で完璧に抑えた後を、渡辺秀武、高橋一三、水谷寿伸、小谷正勝の継投で達成。
ポストシーズンでは、クライマックスシリーズにおいて2018年のセリーグ第1ステージのヤクルト対巨人の第2戦において菅野智之が達成している。日本シリーズでは未達成だが、2007年の日本ハム対中日の第5戦において、中日の山井大介と岩瀬仁紀の継投による完全試合がある。
既存の12球団では東北楽天ゴールデンイーグルスのみ達成者が存在しない。また達成回数が一番多い球団は読売ジャイアンツで、逆に被達成回数では中日ドラゴンズと阪神タイガースが一番多い。最もノーヒットノーランから遠ざかっている球団は2004年に達成した阪神タイガースである。消滅球団では近鉄が7回(完全試合3回含む)、大和軍が2回、大映、松竹がそれぞれ1回達成している。
なお、1年で最も多数の達成者を出したのは1940年と2022年の5人。
アメリカなどでのノーヒッター(無安打試合)
日本でのノーヒットノーランは和製英語であり、アメリカでの呼び方は「ノーヒッター」(no-hitter)または「ノーノー」(no-no)だが日本でもどちらもたまに使われている。
概ね日本の場合と同様だが、日本では認められない相手の得点を許した場合での無安打試合もノーヒッターとなる(ノーノー達成試合での最多失点は2、無安打での敗戦は2度)。また、無安打で抑えての敗戦や、継投による記録達成を認めている(完全試合も同様、ただし実例は無い)。
MLBでは2020年からダブルヘッダーの試合は7イニング制で行なわれているが、9回を投げきれないため(延長戦で9回まで続かない限り)ノーヒッターは公式記録にはならない。このため、2021年4月25日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスのマディソン・バムガーナーがダブルヘッダーの2試合目に達成したノーヒッターは非公式扱いとなる。
日本人メジャーリーガーでは現役の前田健太が日本で、過去の選手では野茂英雄と岩隈久志がアメリカで達成している。他には今永昇太が継投によるノーヒットノーランを達成している。
逆に、有原航平(テキサス・レンジャーズ)はサンディエゴ・パドレス戦で相手チームにノーヒットノーランを食らって敗戦投手になったことがある(しかもパドレスにとって球団史上初のノーヒッター達成試合だった)。
日米でノーヒットノーランとノーヒッター(いずれも完全試合を含む)を達成した投手は今永昇太のみ。ただし今永はMLBでは継投によるものであり、単独での日米ノーヒッターを達成した選手はいない。
主な記録達成者
完全試合達成者については割愛。
日本プロ野球
投手名 | 達成日 | 所属 | 対戦相手 | 備考 |
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沢村栄治 | 1936年9月25日 | 巨人 | 大阪 | 日本プロ野球史上最初の達成者。また通算3度の達成は最多タイ(うち2度は2年連続。記載した記録は初回のもの)。 |
石丸進一 | 1943年10月12日 | 名古屋軍 | 大和軍 | 戦前最後となる達成者。しかし戦時中で紙面が激減していた為スコアと投手名が記載されただけの扱い。 |
呉昌征 | 1946年6月16日 | 阪神 | セネタース | 首位打者や盗塁王のタイトル歴を持つなど本業は打者ながら、戦後すぐの選手不足の状況下で登板し達成。この年14勝を挙げ(通算では15勝で終わるが)、投打両方で活躍した二刀流選手では代表的な選手の一人に挙げられる。打撃タイトル獲得者のノーノ―達成は史上唯一(メジャーではベーブ・ルースが記録上では達成している。事情は後述) |
金田正一 | 1951年9月5日 | 国鉄 | 阪神 | 最年少(18歳35日)且つ昭和生まれの選手初の達成。1957年には中日戦で完全試合を達成しており、両方を記録した初の投手となった |
外木場義郎 | 1965年10月2日 | 広島 | 阪神 | プロ初勝利で達成(新人選手が初勝利での達成は史上初)。これを含め引退までに完全試合1つを含む3度達成した(3度の達成者は前述の沢村と外木場の二人のみ、また完全試合とノーノ―の両方を達成したのも前述の金田正一と外木場の二人の身)。 |
堀内恒夫 | 1967年10月10日 | 巨人 | 広島 | この試合、堀内は史上初にして現在に至るまで唯一の投手による3打席連続本塁打を達成した上でのノーノー達成で、チームは6イニング連続本塁打の日本記録も達成という堀内劇場。本人は連続本塁打は意識していたが、ノーノーをしていたことは気が付いておらず、本塁打が途切れた後に知らされている。 |
江夏豊 | 1973年8月30日 | 阪神 | 中日 | 延長11回、「自らのサヨナラ本塁打」による勝利で達成。延長ノーノーは現在に至るまで唯一の大記録。他にも「2回から延長13回まで1試合分を完全試合」という珍?記録も持つ。また前述のようにオールスターで9連続三振を達成した試合では、セ・リーグが継投で無安打無得点試合を達成している。 |
近藤真一 | 1987年8月9日 | 中日 | 巨人 | 昭和最後のノーノー。プロ初登板での達成は史上唯一。プロ入り1年目は2人目。 |
柴田保光 | 1990年4月25日 | 日本ハム | ロッテ | 平成&ドーム球場初のノーノー。1四球のみ。打者27人残塁0の準完全試合 |
山部太 | 1994年4月26日 | ヤクルト | 西武 | 二軍イースタンリーグ戦。相手投手の竹下潤も無安打(失策→犠打で1失点)。日本プロ野球公式戦史上唯一の両軍無安打試合。 |
ナルシソ・エルビラ | 2000年6月20日 | 近鉄 | 西武 | 20世紀最後のノーノー |
川上憲伸 | 2002年8月1日 | 中日 | 巨人 | 21世紀最初のノーノー |
リック・ガトームソン | 2006年5月25日 | ヤクルト | 楽天 | セ・パ交流戦初のノーノー達成 |
山本昌 | 2006年9月16日 | 中日 | 阪神 | 日本プロ野球史上最年長及び、左腕投手の世界最年長記録(41歳1ヶ月)。 |
杉内俊哉 | 2012年5月30日 | 巨人 | 楽天 | 完全試合まであと1人のところで、田中将大の代打・中島俊哉へ2ストライクからの1四球による準完全試合。杉内は高校野球全国大会とプロ野球の双方で経験。 |
西勇輝 | 2012年10月8日 | オリックス | ソフトバンク | 平成生まれ初のノーノーと準完全試合達成。ちなみにこの日はソフトバンク小久保裕紀の引退試合でもあった。 |
山井大介 | 2013年6月28日 | 中日 | DeNA | 2007年11月1日の日本シリーズ第5戦日本ハム戦にて、岩瀬仁紀との継投で完全試合を記録していた彼。その後も一度、9回に初安打を打たれ逃した事もあったが(2010年、相手は巨人)、2013年6月28日に三度目の正直で達成 |
菅野智之 | 2018年10月14日 | 巨人 | ヤクルト | クライマックスシリーズ第1ステージ第2戦。7回1死まで一人の走者を許さぬ投球で、1四球のみの準完全試合を達成。自身はシーズン公式戦を含めて初達成。CS史上初で、シ-ズン公式戦以外のポストシーズンにおいても史上初。 |
千賀滉大 | 2019年9月6日 | ソフトバンク | ロッテ | 育成出身、令和に入ってからでは初のノーノー達成。球団としても前身を含めても別所昭以来76年ぶり2人目の快挙。 |
大野雄大 | 2019年9月14日 | 中日 | 阪神 | 千賀のノーノー達成から8日後に達成したケース、1か月の2例目は1985年6月以来34年3か月ぶり。 |
小川泰弘 | 2020年8月15日 | ヤクルト | DeNA | 33年ぶりの2桁奪三振で達成。 |
東浜巨 | 2022年5月11日 | ソフトバンク | 西武 | 沖縄出身者で初の達成。後述のデトマーズのノーヒットノーランと日本時間基準で同日に達成。“日米同時達成”は65年ぶり2度目。 |
今永昇太 | 2022年6月7日 | DeNA | 日本ハム | セ・パ交流戦での記録。札幌ドームおよび北海道の球場で初のノーノー達成。東浜のノーノー達成から約1ヶ月後のケース。 |
山本由伸 | 2022年6月18日 | オリックス | 西武 | この試合で西武は1シーズンにノーノーを2回喰らうことに。山本は2023年9月9日のロッテ戦で2度目のノーノーを達成しており、2年連続の記録は亀田忠以来82年ぶりで3人目。 |
戸郷翔征 | 2024年5月24日 | 巨人 | 阪神 | 甲子園球場でのノーノーは非常に稀で、1992年の湯舟敏郎以来32年ぶり。 |
大瀬良大地 | 2024年6月7日 | 広島 | ロッテ | 戸郷ののノーノー達成から約2週間後に達成 |
※因みに、柴田・山本昌・東浜巨は共に『マダックス(=100球以内での完封。リンク先参照)』も達成している。
高校野球
投手名 | 達成日 | 所属 | 対戦相手 | 備考 |
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嶋清一 | 1939年8月19・20日 | 海草中 | 島田商・下関商 | 第25回全国中等学校優勝野球大会(現在の高校野球)の準決勝と決勝で2試合連続達成。同大会において5試合連続完封で、高校野球史上最高投手の呼び名もある。太平洋戦争に召集され戦死したためプロでの登板は無い |
松坂大輔 | 1998年8月22日 | 横浜 | 京都成章 | プロでは達成出来なかったが、高校3年夏の第80回大会決勝で達成。決勝での達成は前述の嶋以来となる史上2人目 |
メジャーリーグ
ノーラン・ライアン … 奪三振世界最多記録保持者にして、ノーヒットノーランも史上最多の7回達成(与四死球も世界最多記録保持なので、完全試合とは縁はなかった)。その名前から日本のMLBファンの間で「ノーヒットノーランのノーランは彼に由来する」というジョークが出たほど。レンジャーズ社長⇒CEOを経て、2014年よりアストロズエグゼクティブ・アドバイザー。
ケン・ジョンソン … MLB史上唯一、9回を完投してノーヒッターを達成しながら敗戦投手となった投手。1964年4月23日のレッズ戦にて、2つのエラーが絡んだ1失点ながら9回を被安打ゼロで完投したものの、ジョンソンが所属するアストロズは0対1で敗れた。
野茂英雄 … 近鉄時代は未達成(開幕戦で8回まで無安打だったのはある)だが、メジャーではドジャースとレッドソックスで1度ずつ達成しており、ナ・ア両リーグでの達成は史上4人目、世紀またぎで達成したのは19-20世紀のサイ・ヤング以来2人目。
メジャー随一のヒッターズパーク(打者有利球場)として知られる「クアーズ・フィールド」でノーヒッターを達成した唯一の投手でもある。また野茂はオリオールパーク・アット・カムデンヤーズでもノーヒッター達成者第1号となっている。
岩隈久志 … 近鉄、楽天時代は未達成だが、メジャーでは2015年8月12日のオリオールズ戦にて、3四球7奪三振でノーヒットノーランを達成。これによりオリオールズはMLBで初めて「日本人に2度ノーヒッターで負けたチーム」になったが、2021年5月に菊池雄星が先発したマリナーズを相手にノーヒッターをやり返している。
ザック・プリーサック…本人は未達成だが、インディアンス時代の2021年に自分が先発登板した試合で相手チームに3度ノーヒッターを食らった(うち2試合で敗戦投手)。1シーズンでは勿論、通算で見ても3度もノーヒッターで負けた側のチームで先発していたというのは最多である。
リード・デトマーズ…エンゼルス在籍時の2022年5月10日(日本時間同年5月11日)、タンパベイ・レイズ戦で1四球2奪三振で達成。当時球団史上最年少(22歳)かつ12人目の達成(MLB全体では251人目、316回目)。上記の東浜とほぼ同時に達成したことでも話題に。
今永昇太…2024年9月4日の対パイレーツ戦で先発、7回2四球無失点で降板、継いだピアソン、ホッジの3投手の継投によるノーヒッターを達成。日本とMLBの両方でノーヒッターを達成した初の投手となった。
ベーブ・ルース 1917年にはMLB初の継投によるノーヒッター達成の先発投手になった…が、実際は最初の打者に対する判定にクレームをつけて退場処分、その後継投したアーニー・ショアが残り27アウトを取ったというものだった(名誉のために言えば、ベーブは打者として超有名だが、投手としても通算97勝をした史上最高の二刀流選手である)。余談だが、完封の条件は(9回なら)27アウトを1人の投手が取ることで、アーニー・ショアは「完封はしたけど完投ではない」投手となった。
その他、「完全試合」も参照。