概要
三重県出身。菰野高校を経て2008年ドラフト3位でオリックス・バファローズに入団。
ルーキーイヤーとなる2009年は二軍で18試合登板。一軍デビューも果たした。
2010年は主にロングリリーフで18試合に登板。まずまずの成績を残した。
そして2011年は開幕ローテーション入り。序盤はややムエンゴ(いわゆる勝ち運に恵まれないこと、語源は無援護とそれに陥っていた助っ人外国人ドミンゴから)に陥る、中盤以降は好不調が激しくなるなど課題が山積する中自身初の2ケタ勝利をマーク。
翌2012年も開幕ローテーション入りを果たすが、8月に右肩痛で戦線離脱。2年連続の2ケタ勝利には届かなかったが、最終戦となった10月8日の福岡ソフトバンクホークス戦で杉内俊哉(読売ジャイアンツ)以来、パ・リーグでは大阪近鉄バファローズのナルシソ・エルビラ以来12年ぶりとなるノーヒットノーランを達成。チーム最多の8勝を挙げた。なお、その試合は小久保裕紀の引退試合だったが、それに水を差す形となってしまっている(なお、小久保はその後のCSで引退セレモニー、日ハム選手を含め、胴上げされ、功績が報われる形となった)。
2018年のオフにFA権を行使して阪神タイガースに移籍した。
2020年はコロナ禍で予定より3か月遅れの6月19日開幕で開幕投手となり読売ジャイアンツ戦で開幕投手として本塁打を記録、プロ入り初本塁打でもあり球界では2008年の中日ドラゴンズ・川上憲伸以来、球団では1938年春御園生崇男以来、広島東洋カープの大瀬良大地とともに初の開幕投手による同日本塁打記録となった。
オリックス時代にはにしえもんというあだ名が使われていたが、実際本人もドラえもんファンを公言しており、中でもドラベースのファンだったことを告げていたことがある。