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長嶋茂雄

ながしましげお

ミスタージャイアンツ
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読売ジャイアンツ三塁手、監督。
日本における5ツールプレーヤーの一人にして意味不明な言動を繰り返す宇宙人
通称ミスターミスタージャイアンツミスタープロ野球など。
とにかく日本で「ミスター」と言えばこの人を指す。
日本で最も信者の多いプロ野球選手の一人。

経歴

高校時代は目立たなかったが立教大学に入学後は東京六大学のスターとして注目される存在になった。

プロ入りに関しては南海ホークスからの誘いもあったが、結局は巨人に入団した。
プロ入り初年度にいきなり本塁打王・打点王の二冠に輝き、その後も首位打者を6度獲得するなどV9時代のジャイアンツの主力選手として王貞治と共にON砲と呼ばれ親しまれた。

1974年、巨人の連覇が止まったその時に引退を表明。引退セレモニーの際に残した言葉「我が巨人軍は永久に不滅です」は有名。
引退後は監督に就任。初年度(1975年)は巨人史上初(2011年終了時唯一)の最下位になってしまうが、翌年(1976年)に優勝し、以降第2期監督時代も含めて日本一2回、リーグ優勝5回の記録を残している。

その人柄の良さ、またお茶目な言動、そして英語交じりの喋り方から、数々の長嶋伝説・長嶋語録が生まれることとなった。伝説の方は主にビートたけし、語録の方は関根勤などの物まねによって生まれたものも多い。
が、2人とも長嶋さんを本当に尊敬しているからネタにするのである。そして、ミスターもかえって喜んでいる。

日本のスポーツ界で物真似される機会が最も多い人の一人。
他にも野球漫画などでは一番登場回数が多いと思われるプロ野球関係者である。
巨人の星」などでも重要なキャラクターとして登場している。

長嶋伝説(ごく一部)

・コンピュータ解析でも苦手部分が見つけられない(本人が「実は外角低めが苦手」と語ったのはプロ入り前、淀川長治との映画対談でだった。その後克服したのだろうか?)。
王貞治とのアベックアーチは実に106回。そしてその106回目は自身の引退試合である1974年10月12日、この年リーグ優勝を決めた中日とのダブルヘッダー第1試合で達成。
・新人でトリプルスリーを獲れる可能性があった(逃した理由は一塁の踏み忘れによる幻の28号ホームラン。後にキッチリ28号ホームランを打ち直している)。
・ゴロを処理するのが大好きで他の選手の守備範囲にまで出張していく(「セカンドゴロを獲ったことが2回ある(本人談)」)一方で、フライはショートに任せっきり(「だって面白くないから(本人談)」)。
・度重なる敬遠に対する抗議のためバットを持たずに打席に入ったことが2回ある(なお、相手バッテリーはそれでも敬遠した)。
・昭和36年10月3日付けの朝日新聞における、「わたしが記者なら」というインタビュー記事において、「自分たちは保守党の方なので、社会党が政権を取ったら野球ができなくなる」と大真面目に語って物議を醸したことがある。

・・・・・・あくまでもここに挙げたのはごく一部である。

長嶋語録

・「まさか、背が伸びる病気じゃ…
高校時代に成長期を迎え、保健医に相談した時の言葉。この時保健医からは「100万人に1人の馬鹿だ」と評された。
・「メークドラマ
おそらくもっとも有名な長嶋語録。「make drama」つまりドラマチックな逆転劇を演じてみせようという奮起の言葉。1995年のペナントレースで逆転を狙って使われたのが最初だが、結局この年は逆転ならず、野村克也からは「負けドラマ」と揶揄された。「メークミラクル」、「メークレジェンド」などの派生語も存在する。

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