概要
本名は土井 多賀子。1928年11月30日 神戸市生まれ。
旧制京都女子専門学校(現京都女子大学)卒、憲法学者の田畑忍の講演の感銘を受け同志社大学に編入し、田畑の弟子となり卒業後は大学教員などを勤めていた。
1969年の第32回衆議院議員総選挙に旧兵庫2区に日本社会党から出馬し、初当選し政界デビュー。
昭和61年に日本社会党(当時)委員長となり、3年後の参院選でマドンナ旋風を引き起こし参議院で与野党逆転を果たしている。憲政史上初の女性での衆議院議長や社会民主党党首まで務めた。
特に1990年前後は「おたかさんブーム」と呼ばれる程の勢いを誇り、「土井チルドレン」と呼ばれる保坂展人、辻元清美、福島瑞穂などの子分筋が続々と政界デビューを果たす。
しかしその後急速に社民党の勢いが衰えた煽りを受け、2005年に議席を失う。
しばらくは再出馬も検討していたが2007年に政界引退を表明。その後も政界へメッセージを発信し続けた。
生涯独身であり、2009年から神戸に戻って静かに暮らしていた。2010年には転倒して骨折、リハビリ生活を送り同居の姉から老老介護を受けていたが2014年9月20日肺炎によりこの世を去った。享年85歳。
実は政治家で最初に笑っていいとも!のテレフォンショッキングに出演した人である。横山やすしからの紹介での出演だった。
熱烈な阪神タイガースファンとしても知られ、政界の阪神ファンたちと共に球場で法被を着て応援する姿も話題となった。
なお、かつて長嶋茂雄は昭和30年代に「社会党が政権を取ったら野球ができなくなる」と発言していたが、前述の参議院選挙で与野党逆転した際にはこの発言が蒸し返され、社会党は「社会党が政権を取ってもそんなことはありえません」と回答している。