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ビートたけし

びーとたけし

ビートたけしとは、日本最高のコメディアンであると同時に、世界から絶賛を浴びる映画監督である。 コマネチ!!
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概要

コメディアン。本名は北野武。
足立区のペンキ屋の三男。実兄は大学教授の北野大。明治大学を卒業(※)。弟子に元県知事在日ベナン大使がいる。

北野武」と名乗るときの映画監督先生をはじめ、「タケちゃんマン」と名乗るときは卑怯なヒーロー、「鬼瓦権造」と名乗るときは大工兼焼き鳥屋兼ペンキ屋、またフランスの勲章受章、クソゲー開発者、城主、その他ひとくくりにはできない厄介な人である。内緒でゾマホンの祖国ベナンに対する慈善活動も行っている。

元々は浅草の演芸場で、ビートきよしと共に芸を披露する「ツービート」として活動。師匠である深見千三郎を超えることはできないとは本人の弁。
北野武の方が人気が出たため、二人での露出は減ったが今でも年1回くらいのペースで二人揃ってのTV出演がある。(ほとんどの場合、たけしには伏せているシークレットゲスト扱いだが)

「芸能界なんて友達を作るところじゃない」と本人は言うが、かけがえのない親友に島田洋七高田文夫がいる。たけし軍団は、ずっと残っている連中はたけしのことを本気で尊敬しており、その点は離脱した東国原、及び秘書のクロマニヨン吉川も変わらない。
所ジョージとは公私に渡り交流があり、たけしの愛車が所の家にあったり、所がたけしのトマトを手入れしていて熱中症で運ばれると言うエピソードから、その友好関係は推し量れるだろう。(所氏の世田谷ベースに憧れを持ち、等々力ベースをつくっている。その等々力ベースも世田谷ベースのように、BSフジにて番組化されている。)

「やっぱ、おネエチャンだよな」というほど、女性に対してはだらしない時期があった。というか、80年代以前の芸人とはそういうものだったのだ。むしろ、自分からスキャンダルをつくってネタにしていた感がある。流石に「フライデー事件」以降はそれはなくなったが。まあ、あの事件に対しては、たけしも、講談社も、どっちも悪かったのだ。喧嘩両成敗だ。
94年のバイク事故については「無意識に自殺したかったのかな」と当時を振り返ることがある。しかし、その後も見事に映画監督の顔でカムバック(それどころか賞まで取れるほどに成長)。ただ、それ以降、タレントとしては「バカをやらせてくれなくて困る」時期もあったそうである。今現在ではもうやりたい放題だが。まあ、みんなが求めるビートたけしを演じているのである。

たけし曰く、「俺はトークじゃさんま(明石家さんま)に勝てないし、司会じゃ紳助(島田紳助)に敵わないし、漫才じゃ洋七(島田洋七)には敵わない。でも、そういうのをひっくるめた総合的なもので見ると、オレの方が勝ってるんじゃないかな」(『たけしの誰でもピカソ』より)と、自身の芸人としての立ち位置について語っている。
また、師である深見の教えに従い、タップダンス、ピアノ、ジャグリング、絵画など、様々な方面に通じている。とにかく勉強家で、空いた時間は常に本を読む(これは一番弟子だった東国原、たけしを尊敬する太田光にも通じる)。2012年現在では、最大の興味は数学
ちなみに、「浅草キッド」(グレート義太夫の手を借りて、作詞・作曲)「嘲笑」など、聴きごたえのある歌手でもあり、前者は福山雅治がカバーした。

海外では映画監督として絶賛を受ける半面、日本ではコメディアンとして扱われている事に戸惑いを受ける人もいるかもしれない。
実際、映画監督のジョン・ランディスが北野武と鬼瓦権造を別人だと思い込み、それぞれにギャング映画とコメディ映画の出演オファーを出したところ、同一人物であると聞かされ「クレイジーだ」と言い、頭を抱えてしまったというエピソードがある。
「世界のキタノ、足立区のたけし」。この言葉に人間・北野武の魅力が凝縮されていると言っても過言ではない。

ただ、この項目を本人が見たらこういうのかもしれない。
てめぇら、バカヤロー!!なんもわかってねぇんだよ!!コマネチ!!

※正確には卒業ではなく「卒業認定」である。卒業に必要な単位の修得を8割近くまで終えていながら結局除籍したため。

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