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宮内庁

くないちょう

宮内庁は、皇室に関する事務や家政を担当する行政機関である。
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概要

皇室関係の国家事務、天皇の国事行為にあたる外国の大使・公使の接受に関する事務、皇室の儀式に係る事務をつかさどり、御璽・国璽や皇室に関する文書を管理・保管する内閣府の機関である。かつては、総理府の外局であった。
また、歴代天皇や皇后の陵墓も宮内庁の管理下にあり、天皇の陵墓とされる「仁徳天皇陵(2018年秋、発掘調査が許可される)」や「応神天皇陵」が発掘調査されなかったのも、宮内庁に天皇家の陵墓であり歴史資料としてはみなされなかったからであった。

宮内庁の名称は、律令体制下の宮内省に由来し現在でも、一部古風な官職名が採用されている。
(例)
宮内庁ー八省の一つ宮内省から。
侍従ー朝廷からある天皇の側近官吏。
式部職ー八省の一つ式部省から。
など。

組織

幹部

宮内庁長官、宮内庁次長

内部部局

  • 長官官房

・秘書課 ・総務課 ・宮務課 ・主計課 ・用度課・参事官 ・宮内庁病院

  • 侍従職(侍従長)ー天皇皇后及びその未婚の皇子皇女の家政機関。
  • 上皇職(上皇侍従長)-上皇上皇后の家政機関。
  • 皇嗣職(皇嗣職大夫)ー皇嗣である秋篠宮家の家政機関。
  • 式部職(式部官長)ー皇室儀式及び国際交流、雅楽を担当。
  • 書陵部(書陵部長)ー皇室の文書、資料の管理と編修と陵墓の管理を担当
・図書課 ・編修課 ・陵墓課
・管理課 ・工務課 ・庭園課 ・大膳課 ・車馬課・宮殿管理官 ・御用邸管理事務所 ・皇居東御苑管理事務所

施設等機関

地方支分機関

かつて宮内省にあった機関

  • 掌典職(掌典長)ー皇室祭祀を担当する天皇直属の神職。かつては、宮内省の外局で職員の掌典・内掌典は国家公務員であったが、現在は政教分離の原則で、天皇の私有機関という位置付けになっている。
  • 皇后宮職(皇后宮大夫)ー宮内省の内部部局の一つで皇后の身の回りの世話や側近を担当していた。戦後は、宮内庁侍従職に統合された。
  • 李王職(李王職長官)ー宮内省の外局で、朝鮮の李王家の王公族の家政を担当していた。宮内省の機関であったが業務の性質上、朝鮮総督府の監督も受けていた。
  • 皇宮警察(警衛局長)ーかつては、宮内省警衛局に置かれていたが戦後は、警察庁に置かれている。
  • 学習院(学習院長)ーかつては、宮内省管轄下の学校で皇族、王公族、華族などの子女たちが通っていた官営学校。戦後、学校法人化して民間となった。
  • 東宮職(東宮大夫)ー戦前、戦後の宮内庁に置かれていた皇太子一家の家政機関。現在は置かれておらず、皇嗣職が置かれている。


大日本帝国憲法下の宮内省

明治維新が達成され、近代国家を目指す上で宮中の改革も必須だった。伊藤博文ら新政府の首脳たちは、欧州王室制度を学び日本皇室改革に着手した。

そして、明治22年(1889年)に大日本帝国憲法が発布。同年、旧皇室典範も発布された。これより、「典憲体制」が確立し皇室自立主義が採られ、政府皇室に対して口出しするこは出来ず、また皇室政治には触れられないようになった(宮中府中の別)。

宮内省は、典憲体制下の皇室行政の中心で最大時には約6200人の職員が1官房2職8寮2局と13の外局で働いていた。宮内大臣は、いわゆる「オモテ」と呼ばれる皇室の公的な事務の長官で、「オク」と呼ばれる皇室の私的な部分は侍従長・内大臣が長官だった。

内部部局は、律令時代の職寮の名称が使われ、侍従職の長は「侍従長」、式部職は「式部官長」、東宮職は「東宮大夫」、総務局・警衛局は「○局長」宗秩寮は「宗秩寮総裁」その他の寮は「○頭」と呼ばれていた。

しかし、その全盛期も昭和20年(1945年)の終戦で幕を閉じた。その後、GHQの間接統治の下で皇室にも戦後改革が施されて、宮内府が発足。職員を1000人規模までに縮小され、それにともない内部部局と外局も大幅に削減された。宮内府は宮内庁に改称され現在に至る。

関連タグ

天皇皇室
内閣中央省庁(役所)、皇宮警察

外部リンク

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