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概要

1956年3月24日生まれ。京都府京都市出身。引退までは長らく吉本興業に所属していた。
本名は長谷川公彦(はせがわ きみひこ)。

明石家さんまなどと並んで、1980年代以降の日本のお笑い界・バラエティ番組を牽引してきた人物である。
元は漫才師としてデビューし、コンビ解散後は主にテレビ番組の司会として活動した。また、引退の数年前から「カシアス島田」として作詞・音楽プロデュース業にも励んでいた。

一方でスタッフや共演者への恫喝、暴行など黒い噂は絶えず、2011年8月に暴力団との交際が報じられたことを機に責任を取って引退することを表明。
多くのタレントや吉本の関係者らから惜しむ声があったものの、その後は復帰することなく、隠居生活を送っている。

経歴

父親は元国鉄の職員である。教育熱心な家庭であり、自伝によれば小学3年生のころから家庭教師がついていたとのこと。大谷中学校・高等学校に進学するも学校には馴染めず、不良となって喧嘩を繰り返していた。
高校時代にテレビでB&B(当時は島田洋七上方よしおのコンビ)の漫才を見て感銘を受け、洋七と同門になるべく島田洋之介今喜多代の元に弟子入りする。ここで、長年にわたって友人であり最大のライバルとなる明石家さんまと出会う。

何度かコンビを組んで活動したがどれも長続きせず、1977年にさんまの紹介で、当時劇場のスタッフとして修行中であった松本竜助(当時は「松本竜介」)と漫才コンビ『島田紳助・松本竜介』を結成する。
既存の漫才と自分達のキャラクターを徹底的に研究した紳助は「若い世代(自分達と同年代)にだけ受けるネタ」を考え出し、「ツッパリ漫才」と称される不良同士のトークをモデルとした漫才で、中高生を中心に絶大な人気を博した。

しかし「直球一本の漫才で、やす・きよさんのようにカーブを投げられるわけではなかった」と振り返るように、行き詰まりを感じており、それぞれ個人の活動が増えたこともあり漫才ブーム収束後の1985年にコンビを解散する。この時の会見で「(当時はまだ無名に近い状態であった)ダウンタウンの漫才を見て自らのコンビの解散を決めた」と言及しており、その才能を高く評価していた。

1980年代後半からはテレビ司会者として、明石家さんまと共に活躍。その手腕は確かなもので、ビートたけし曰く「司会では紳助には敵わなかった」とのこと。
例をあげると、1991年から始まったTBSオールスター感謝祭』では司会者として200人のタレントを捌いており、その司会術は他の追随を許さなかった。

2000年代に入っても活躍は続いており、プロデュース業にも取り組んでいた。
2001年には漫才のコンテスト『M-1グランプリ』を自ら企画し、立ち上げを行っている。
クイズ!ヘキサゴン』では総合司会として活動すると共に、作詞家・プロデューサー「カシアス島田」として複数の音楽ユニットを世に生み出した。
番組や出演者への入れ込みぶりもあり、クイズ!ヘキサゴン出演していたタレント、いわゆるヘキサゴンファミリー=紳助ファミリーという評価をされることも多い。

…と、ここまでは良い事ずくめの内容を書いてきたが、
司会者としてはアクが強い部分もあり『クイズ!ヘキサゴン』や『行列のできる法律相談所』など、紳助の影響で徐々に番組の方向性が変わっていった(いわゆる「紳助カラー」を強く受けた)とされる番組も多い。

特に2000年代後半以降、この紳助カラーに染まった番組は同じような話題(金、女、芸能人の秘密の暴露、スポーツ)に偏りがちなため、それらの話に興味がない視聴者からは煙たがられていた。またこのような傾向に対し「紳助は番組を私物化し過ぎているのでは」という批判も強かった。
『オールスター感謝祭』など紳助の司会スキルが全面に活かされていた番組も多かったとはいえ、例えば『開運!なんでも鑑定団』にはメイン司会者として重鎮の石坂浩二がいたためある程度はバランスが取れていたものの、コレクターである石坂に対し紳助は現代における金銭的な価値などに注目する傾向が見られた。『行列のできる法律相談所』では番組の主旨である「法律相談」そっちのけで上記の話に強引に方向転換する向きも強かったことから、むしろ紳助が番組をつまらなくしているという声もあった。

さらに、紳助が携わったプロデュース業はある程度の成功こそ収めたものの、ゲストへの横柄な振る舞いや似たような傾向の番組が量産された事もあり、視聴者はおろか芸能界からもアンチが多く発生し、徐々に彼への逆風が高まっていく傾向にあった。

これに加え、2004年10月には吉本のスタッフの女性に対し暴行事件を起こし、傷害罪で起訴され有罪判決を受けたことで約3ヶ月ほどの謹慎処分となっている。この時の視聴者からの反発が長年後を引いており、紳助の言動への不信感や拒否感に繋がったとも見られている。

引退の前後には賛否も大きく分かれる(否の意見の方が目立つ)ようになってしまい、視聴者が長年溜め込んでいた鬱憤が一気に爆発したかのように、2011年7月「日経エンタテインメント!」で発表された『嫌いな芸人ランキング』でなんと9年連続1位だった江頭2:50を陥落させ、1位となってしまった。さらに昨年度5位だった好きな芸人ランキングでも16位にまで大幅に順位を下げてしまった。
上記の様に元々ヘイトを溜めていた上、東日本大震災後に世間の空気が大きく変化したことが要因の一つであると考えられる。

引退とその後の動向

2011年8月23日、突如会見を開き、暴力団関係者との間に交際があったことを告白、さらに芸能界からの即刻引退を宣言した(※会見の少し前に週刊誌で暴力団との交際や違法カジノへの出入り疑惑などが報じられていた)。

かねてから、芸能活動と両立して飲食店経営や不動産事業などを手がけていたが、この過程においてそうした付き合いが深まって行ったと報じられている。

このことは多数の芸能人からのコメントが寄せられ、『行列のできる法律相談所』に出演していた弁護士で政治家の橋下徹(前大阪府知事)や当時の内閣官房長官である枝野幸男からもコメントがあったとされる。

テレビ界でも影響力の強い島田紳助の引退は『クイズ!ヘキサゴン』などゴールデンタイムの番組の終焉にも繋がった。司会を変えて継続した番組も存在し『行列の〜』は逆に視聴率が上がっている(※最も『行列』は紳助降板後も相変わらずほとんど法律を扱っていないため、視聴者から「法律の事は5分くらいしか扱ってない」、「弁護士がお飾りみたいになっている」、「今の路線で行くならタイトルを変えるべき」「紳助降板と同時に終わればよかった」などの批判もあった。なお近年では番組タイトルの「法律」の字のサイズが申し訳程度に小さくされている)。

また引退の1年前に自らが立ち上げた『M-1グランプリ』を一旦終了させており、2015年に復活した現在の同イベントには一切関与していない。それでも「大会審査委員長」の席は廃止ではなく「空席」となっている。

現在は副業であった会社経営を本業としつつ、ほとんど隠居生活を送っているという。
顔出しでメディアに出ることもなくなったが、写真を出さない状態でのインタビューは稀に受けることがあり、ピッチリ固めたリーゼントが特徴であったが長髪になっているという。
視聴者の間では復帰を望む声も多ければ、反対の声も多い。芸能界にもアンチが多い人物のため、人によって復活してほしいかどうかが真っ二つにハッキリ分かれる人物でもある。

なお大阪の中央区東心斎橋に本店を構えている『寿司はせ川心斎橋本店』(同系列の店は都内にもあり銀座の店舗のみ焼き肉屋)及び姉妹店にあたる『BAR HASEGAWA(バーはせ川)』は紳助自身がオーナーを務めており、BAR HASEGAWAのみ会員制となっている。

芸能界復帰について

島田紳助本人は芸能界復帰について「全く考えていないし未練もない」との事。またかつて吉本興業ホールディングスの社長であった大﨑洋(現在は代表取締役会長)と現社長の岡本昭彦から「是非復帰してほしい」という声もあったがいずれの期待にも応えていない。
吉本興業側が紳助の復帰を熱望する理由については、「紳助引退の影響が仕事・経営の両面で想像以上に大きく、若手だけでは挽回できなかったから」とされる。

しかし、2019年に発生したお笑い芸人闇営業問題では、あるニュースサイトにおいてテレビでおなじみのリーゼントヘアに背広姿で、写真付きで取材に応じたため「結局芸能界に未練があるのではないか」と疑問視する声も多かった。

2021年にはヘキサゴンファミリーmisonoのYouTubeチャンネルでは飲食店での会話を、上地雄輔のチャンネル(misonoと同席していた)ではカメラマン側として出演し話題を呼んだ。
それを受けて宮迫博之も自身のチャンネルでのコラボ出演を打診するが「今年65の人間はとっくに用済み」だと断った(misonoのチャンネルで顔出ししたのは夫を看病する彼女を応援する意味も兼ねてとのこと)。
さらに芸能界復帰も「一年に340日下痢していた(misonoのチャンネルでは『芸能界辞めて下痢が治った』とも)」「ベトナム戦争後にハワイに帰って過ごしている軍人に再びベトナム行けと言ってるようなもの」だと語り、復帰の意思はないことを固く表明している。

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Wikipedia:島田紳助

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芸人 人物 素敵やん 和田アキ子 M-1グランプリ 伝説の始まり
上岡龍太郎:自身が尊敬する芸人の一人で喋り方を含めてかなりの影響を受けている。紳助同様50代という若さで引退しているが、引退から20年以上経っても一切マスメディアに出ない姿勢を貫いている。

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