概要
1984年2月27日生まれ、カナダ・ブリティッシュコロンビア州出身。
フルネームはスコット・ウィリアム・マシソン。
ポジションは投手。
2002年にフィラデルフィア・フィリーズよりドラフト17巡目を受け入団。同球団には2011年まで在籍。その後2012年より読売ジャイアンツに加入した。
中継ぎ投手として2019年まで活躍し、在籍8年間で計174ホールド・54セーブを記録。このうちホールド記録はNPBにおける外国人投手の最多記録となっている。また、この間に野球の世界大会・WBCでもカナダ代表として活躍した。
2019年シーズン終了後、読売ジャイアンツを退団。この時点で左膝は「投げる度に大量の水を抜いている」ほど悪化、ボロボロの状態になっていた。
翌年夏開催の東京オリンピックにおいて、カナダ代表としての登板(目標)を最後に現役を退く。同大会後に手術で左膝を人工膝へ交換することも決めている。
背番号
背番号 | 使用年 | 所属チーム |
---|---|---|
47 | 2006年 | フィラデルフィア・フィリーズ |
47 | 2010年〜2011年 | フィラデルフィア・フィリーズ |
20 | 2012年〜2019年 | 読売ジャイアンツ |
阿部慎之助との絆
マシソンより先に現役引退を発表した阿部慎之助は、引退発表の記者会見において、「(捕手として最後に)マシソンの球を受けたい」と発言している。
阿部はマシソンがチームに合流してから早く馴染めるようにコミュニケーションを取り続け、結果的に「スコット鉄太朗」(マシソン、山口鉄也、西村健太朗)としてジャイアンツに欠かせない選手の一人となった。
阿部の引退試合では、阿部の指名通りマシソンが来日初先発を果たした。結果的にはこれがマシソンの公式戦最終登板となった。
また前述の阿部の引退会見では、会見の最後でサプライズの花束贈呈の為坂本勇人、沢村拓一、亀井義行と共に登場し、阿部を驚かせた。
助っ人外国人選手が日本人選手の引退会見に登場するのは極めて異例であり、阿部との絆を象徴するシーンでもあった。
同日、マシソンは自身のインスタグラムで阿部への感謝の気持ちを綴っている。
阿部の会見の約1ヶ月後に行われたマシソンの引退会見では、サプライズ返しに阿部が花束を持って登場し、マシソンが驚くと共に感激した様子が映像に残されている。
日本のネット上での彼の扱い
2ちゃんねる(5ちゃんねる)では「マジじゃねーか」というコメントが以前から複数のスレッドで使われており、なんJ界隈では彼の名字を掛け合わせる形で「マシソンじゃねーか」なる用法が確立された。