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ブライアン・ファルケンボーグ

ぶらいあんふぁるけんぼーぐ

福岡ソフトバンクホークス、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属したプロ野球選手(投手)。

概要編集

アメリカ・カリフォルニア州出身。1996年MLBドラフトでボルチモア・オリオールズに指名され入団。メジャーではオリオールズ、ロサンゼルス・ドジャースサンディエゴ・パドレスセントルイス・カージナルス、ドジャース、パドレスと渡り歩き、2009年より福岡ソフトバンクホークスに入団。このとき東北楽天ゴールデンイーグルスも獲得を狙っていたが、最終的に福岡ソフトバンクが争奪戦を制した格好になった。ちなみにファルケンボーグの獲得に失敗した東北楽天はフアン・モリーヨを獲得することになるが、モリーヨのその後はお察しください


福岡ソフトバンクでは攝津正馬原孝浩とともに勝利の方程式として活躍、SBMと呼ばれるようになる。なお、他球団ファンからは「羨望の7回(=攝津、攝津が欲しい)」「絶望の8回(=ファルケンボーグ、ファルケンボーグは打てない)」「希望の9回(=馬原、馬原なら何とかなる)」と言われていた…らしい。

さらに2010年以降は森福允彦甲藤啓介を加えてSBM48を結成し、12球団最強のリリーフ陣を作り上げた。以降、リリーフ陣の重きをなす存在となっている。


2014年は何の因縁か楽天でクローザーとしてプレーした。



人物編集

身長2メートルの長身から、力のあるストレート(フォーシーム)とカーブ、フォークで打者を打ち取る。ちなみにこの3球種しか持っていない。ひとりだけパワプロの世界に生きている。制球力は抜群で、奪三振数がえげつない。また、NPB在籍6年間(264.2イニング)で本塁打をわずか10本しか許していない。(そのうちの1本は斉藤一美をむせび泣かせた米野智人の逆転満塁本塁打である。)


2011年の日本シリーズでは中日ドラゴンズ井端弘和とともに野球chなんJのサーバを落とした。

杉内俊哉からは「練習しなくても勝てる投手」として尊敬されている。

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