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1980年代

せんきゅうひゃくはちじゅうねんだい

1980年から1989年までの10年間。日本では昭和から平成への時代の移り変わりがあった。
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1980年から1989年まで。元号では昭和の末期(55年~64年)と平成元年になる。

時代像

中盤には円高不況もあったものの、前期は日本が世界第2の経済大国に上り詰めた安定成長期、後期はバブル景気華やかなりし時代であった。

当時を生きていた人々にとっては、つい最近のようにも思えるが、もう30年近く前のことである。コンピューターが人々の生活に入り込みはじめた時代であるが、その機能は遥かに低く高価な上に拡張性も低かった。携帯電話は通話だけの肩掛けタイプしかなく通話料も高かったし余り一般的ではなかった。類似のものに自動車電話が存在した。パソコン通信は電話回線を通じたダイヤルアップ接続しかなく、通信料はとても高かった。インターネットはまだ一般商用が解禁されておらず、大学や研究機関などでのみ使われていた時代である。等と考えると、やっぱり大昔のような気も確かにする。

ファッション関連

ファッションの流行は複数回大きく変わっている。

最初の大きな変化は1983年から1984年で、80年代初頭はサーファーファッションにしても竹の子族にしても今で言うヤンキー臭が強く、どことなく70年代後期のカラーを残していたが1984年あたりからファッションのトレンドは70年代の残り香を払拭しソフト化。一気に洗練され大人っぽくなる。バブルに突入した1986年ごろからはDCブランドの流行などもあり、イタリア産服飾やアメリカ直輸入のカジュアルファッション等、高級志向・本物志向のスタイルがトレンドとなった。

一方で地方の10代のツッパリ(不良)はこの流れに取り残され、サーファーファッションや竹の子族の流れをくむスタイルを洗練とは逆の方向(キッチュ)に極端化していき、ついに暴走族のスタイル(特攻服など)に代表されるヤンキー文化を生み出すこととなる。また日本特有のキッチュの別の流れとして、ロリィタファッションの原型が生み出された時代でもある。

この時期に流行したアイテムとして、スタジャンケミカルウォッシュジーンズスニーカーなどがある。オーバーサイズ気味のジャケットに肩パッドを入れ、ダボダボしたシルエットに着こなすスタイルが広まっていた。

ヘアスタイルでは男性のツーブロックスタイル、女性のソバージュワンレンなどが広まった。前半から中盤には男性のリーゼントも流行していた。

コンピューター関連

パソコン、ゲーム機問わず、家庭用にコンピューターが普及したのは80年代である。パソコンではNEC、富士通、シャープなどがそれぞれ独自規格でシェアを争ったが、最終的にはNECの「PC-8801」「PC-9801」が主流を占めることになる。またゲーム用パソコンとしてMSXが登場し、家庭にはワープロ専用機が入り込みキーボードで文書作成する習慣が日本でも一般化した。

ゲーム機ではなんと言っても1983年に任天堂より発売された「ファミリーコンピューター」が1985年に発売された「スーパーマリオブラザーズ」の発売をきっかけに全世界的に大ブームとなり、翌年には「ドラゴンクエスト」などの発売となり、その地位を不動のものとした。

この頃安価な8ビットCPUの大量生産が始まり、家電や自動車にもコンピューターが組み込まれ始め、「マイコン制御」(今で言う組み込みシステム)はメーカーの売り文句となっていた。またATMなどのオンラインシステムが一般化したのもこの頃である。生活のいたるところにコンピューターが入り込み、コンピューターなしでは夜も昼も明けない時代が到来したのである。

スポーツ関連

プロ野球

1980年に読売ジャイアンツ王貞治の現役引退(その後助監督として藤田監督を補佐した)、長嶋茂雄の監督解任に伴いON時代に終焉を遂げたが、セ・リーグでは巨人が多くのスター選手、有力選手を揃え常にAクラスを争い優勝回数も多かったが、V9時代時代の絶対的強さというほどでもなく、1975年に赤ヘルブームを巻き起こした広島東洋カープが投手王国を築き、巨人と拮抗した争いをみせた。1985年には阪神が21年ぶりにリーグ優勝を遂げ、初の日本一となり一大ムーブメントとなった。
パ・リーグでは1979年に発足した西武ライオンズの文字通りの天下となった。特に1986年に森雅晶が監督就任以降は絶対的な強さを見せた。一方で阪急ブレーブス南海ホークスといったプロ野球黎明期から存在した関西老舗パ・リーグ球団の身売りが相次いでいる。

貿易摩擦

1973年のオイルショック以降、西欧や北米がインフレと不況(スタグフレーション)に喘いだのに対し、日本は従来の製鉄・造船・石油化学などから電気電子やソフトウェア・サービスなどの「ハイテク」産業・自動車産業などへの産業構造の転換を成功させ、オイルショック以降も安定的な経済成長を続けた。この結果、自動車半導体などの「集中豪雨的輸出」が国際問題となり、欧米諸国(特にアメリカ合衆国)においてジャパンバッシングと言われる反日本感情の増大が国際問題となった。


アメリカ政府は日本に対し牛肉オレンジ問題、日米コメ戦争などに代表されるアメリカ製品の輸入拡大、規制改革の要求といった内政干渉を行い、中曽根康弘政権はこれを丸呑みした(アメリカからの要求に応じて実施された度を越した金融緩和や規制緩和政策がバブル景気発生の原因のひとつである)。

国際情勢

1970年代と打って変わってアメリカ合衆国の黄金期である。アメリカは「強いアメリカ」を標榜したロナルド・レーガンのもと勢力を回復し、構造的な限界からくる経済の不振、ブレジネフ以降短命の書記長が二代続き衰退に拍車がかかったことなどが複合し青息吐息状態だったソ連を屈服させマルタ会談において冷戦を事実上終結させた。
(ソ連がアメリカに屈服した事実は「イラク軍対多国籍軍」などに端的に描かれている。)

この時期文化的にもアメリカは世界を席巻しており、ハリウッド映画にはこの時期第二作、三作が公開されたジョージ・ルーカスの「スター・ウォーズ」シリーズ、スティーブン・スピルバーグの作品群をはじめ名作と呼ばれる作品が多く(「タクシー・ドライバー」など前代の暗い作風はアメリカ国民にも支持されていなかった)、洋楽の分野では「キング・オブ・ポップ」ことマイケル・ジャクソンマドンナのような世界的大スターも登場した。


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