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1980年代

せんきゅうひゃくはちじゅうねんだい

1980年から1989年までの10年間。日本では昭和から平成への時代の移り変わりがあった。
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1980年から1989年まで。元号では昭和の末期(55年~64年)と平成元年になる。

時代像

中盤には円高不況もあったものの、前期は日本が世界第2の経済大国に上り詰めた安定成長期、後期はバブル景気華やかなりし時代であった。

当時を生きていた人々にとっては、つい最近のようにも思えるが、もう30年以上前のことである。

コンピューターが人々の生活に入り込みはじめた時代であるが、その機能は遥かに低く高価な上に拡張性も低かった。携帯電話は通話だけの肩掛けタイプしかなく通話料も高かったし一般的ではなかった。類似のものに自動車電話が存在した。パソコン通信は電話回線を通じたダイヤルアップ接続しかなく、通信料はとても高かった。インターネットはまだ一般商用が解禁されておらず、大学や研究機関などでのみ使われていた時代である。...等と考えると、やっぱり大昔のような気も確かにする。

自動車

現在では忘れ去られているが、1980年代前半は、オイルショックの煽りでガソリン価格が高騰した時代であった。1982年には過去最高値の177円を記録し、この記録は26年後まで抜かれることはなかった。売れ筋の自動車も日産マーチMAZDAファミリアホンダシビックや初代シティなど総じて燃費重視であった。当時としては驚異の燃費36km/Lをたたき出したダイハツシャレードDE-TXをはじめディーゼル車も人気があり、トヨタカローラにディーゼルが用意されていたのもこの時期ならでは。お陰で幹線道路沿いでは自動車排ガスによる大気汚染が深刻化し、昭和61年排出ガス規制/昭和62年排出ガス規制でディーゼル乗用車が規制される。

休日は省エネのためマイカー自粛が呼び掛けられ、ガソリンスタンドも土日祝日は休業。おかげで地方でも鉄道やバスで買い物やレジャーに出かけるという習慣が残っており、地方都市の商店街が繁栄していた最後の時代でもあった。

しかし、1985年ごろから原油価格が急落。ガソリンスタンドの休日営業も始まり、1990年代以降の地方商店街のシャッター街化の伏線となる。また、ガソリン価格の下落により、1982年の発売当初は燃費の悪さから販売が低調であったパジェロが爆発的に売れ出し、4WDのクロカン車を街乗りする習慣が定着。トヨタもハイラックスサーフで追随する。ガソリン価格の下落とバブル景気は排ガス規制後の業界の沈滞感を完全に吹き飛ばし、多くのメーカーはこの世の春を謳歌する一方、燃費の良いディーゼル車を主力としていたいすゞの乗用車撤退の遠因になった。

当時は背の高いクルマ=ダサいというイメージがあり、セダンやハッチバックも1300mm~1400mm台と、2010年代のスポーツカー並みの低いクルマが一般的。1985年にデビューしたトヨタのカリーナEDは全高1310mmの4ドア車で、自動車評論家からはその居住性の悪さが酷評されるもクーペ風のスタイルが受けて大ヒットを記録した。

一方、三菱・シャリオや日産・プレーリーなど、車高が高めのミニバンが登場するのもこの時代からである。1989年に登場したスバルレガシィは従来のスバル車のイメージを払拭するスタイルが受け、ワゴン=商用バンの派生という偏見はすっかり過去のものとなった。

ファッション

ファッションの流行は複数回大きく変わっている。

最初の大きな変化は1983年から1984年で、80年代初頭はサーファーファッションにしても竹の子族にしても今で言うヤンキー臭が強く、どことなく70年代後期のカラーを残していたが1984年あたりからファッションのトレンドは70年代の残り香を払拭しソフト化。一気に洗練され大人っぽくなる。バブルに突入した1986年ごろからはDCブランドの流行などもあり、イタリア産服飾やアメリカ直輸入のカジュアルファッション等、高級志向・本物志向のスタイルがトレンドとなった。

一方で地方の10代のツッパリ(不良)はこの流れに取り残され、サーファーファッションや竹の子族の流れをくむスタイルを洗練とは逆の方向(キッチュ)に極端化していき、ついに暴走族のスタイル(特攻服など)に代表されるヤンキー文化を生み出すこととなる。また日本特有のキッチュの別の流れとして、ロリィタファッションの原型が生み出された時代でもある。

この時期に流行したアイテムとして、スタジャンケミカルウォッシュジーンズスニーカーなどがある。オーバーサイズ気味のジャケットに肩パッドを入れ、ダボダボしたシルエットに着こなすスタイルが広まっていた。

ヘアスタイルでは男性のツーブロックスタイル、女性のソバージュワンレンなどが広まった。前半から中盤には男性のリーゼントも流行していた。

コンピューター

パソコンワークステーションなどのコンピューターが、一般の企業や教育機関に普及したのは80年代のことである。パソコンではNEC富士通SHARPなどがそれぞれ独自規格でシェアを争ったが、最終的にはNECの「PC-8801」「PC-9801」が主流を占めた。
しかしながら、多機能なパソコンはまだまだ高価格で上記のように回線環境も貧弱であり、職務上必要な人やマニア層を別とすれば、一般の家庭ではほぼ無縁の存在であった。
一般層向けのリーズナブルなパソコンとして登場したMSXも、主に「プログラミングができるゲーム機」として使われていた。一般家庭向けコンピュータとしてはパソコンよりむしろワープロ専用機が大いに普及した。タイプライターがマイナーだった日本では、キーボードで文書作成する習慣が浸透したのはこの時期である。

ゲーム機ではなんと言っても1983年に任天堂より発売された「ファミリーコンピュータ」が圧倒的な存在感を見せ、ゲーム機の代名詞にもなった。1985年に発売された「スーパーマリオブラザーズ」の発売をきっかけに全世界的に大ブームとなり、翌年には「ドラゴンクエスト」などの発売となり、その地位を不動のものとした。
この頃安価な8ビットCPUの大量生産が始まり、家電や自動車にもコンピューターが組み込まれ始め、「マイコン制御」(今で言う組み込みシステム)はメーカーの売り文句となっていた。
またATMなどのオンラインシステムが一般化したのもこの頃である。生活のいたるところにコンピューターが入り込み、コンピューターなしでは夜も昼も明けない時代が到来したのである。

スポーツ

プロ野球

1980年に読売ジャイアンツ王貞治の現役引退(その後助監督として藤田監督を補佐した)、長嶋茂雄の監督解任に伴いON時代に終焉を遂げたが、セ・リーグでは巨人が多くのスター選手、有力選手を揃え常にAクラスを争い優勝回数も多かったが、V9時代時代の絶対的強さというほどでもなく、1975年に赤ヘルブームを巻き起こした広島東洋カープが投手王国を築き、巨人と拮抗した争いをみせた。
1985年には阪神が21年ぶりにリーグ優勝を遂げ、初の日本一となり一大ムーブメントとなった。

パ・リーグでは1979年に発足した西武ライオンズの文字通りの天下となった。特に1986年に森祇晶が監督就任以降は絶対的な強さを見せた。一方で阪急ブレーブス南海ホークスといったプロ野球黎明期から存在した関西老舗パ・リーグ球団の身売りが相次いでいる。

貿易摩擦

1973年のオイルショック以降、西欧や北米がインフレと不況(スタグフレーション)に喘いだのに対し、日本は従来の製鉄・造船・石油化学などから電気電子やソフトウェア・サービスなどの「ハイテク」産業・自動車産業などへの産業構造の転換を成功させ、オイルショック以降も安定的な経済成長を続けた。
この結果、自動車半導体などの「集中豪雨的輸出」が国際問題となり、欧米諸国(特にアメリカ合衆国)においてジャパンバッシングと言われる反日本感情の増大が国際問題となった。


アメリカ政府は日本に対し牛肉オレンジ問題、日米コメ戦争などに代表されるアメリカ製品の輸入拡大、規制改革の要求といった内政干渉を行い、中曽根康弘政権はこれを丸呑みした(アメリカからの要求に応じて実施された度を越した金融緩和や規制緩和政策がバブル景気発生の原因のひとつである)。

国際情勢

1970年代と打って変わってアメリカ合衆国の黄金期である。ソ連アフガニスタン戦争の泥沼に喘ぐ中、アメリカ合衆国は「強いアメリカ」を標榜したロナルド・レーガンのもと勢力を回復し、ジョージ・H・W・ブッシュマルタ会談において冷戦を事実上終結させた。

この時期は文化的にもアメリカは世界を席巻しており、ハリウッド映画にはこの時期第二作、三作が公開されたジョージ・ルーカスの「スター・ウォーズ」シリーズ、スティーブン・スピルバーグの作品群をはじめ名作と呼ばれる作品が多く(「タクシー・ドライバー」など前代の暗い作風はアメリカ国民にも支持されていなかった)、洋楽の分野では「キング・オブ・ポップ」ことマイケル・ジャクソンマドンナのような世界的大スターも登場した。

関連タグ

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