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1990年代

せんきゅうひゃくきゅうじゅうねんだい

1990年から1999年までの10年間。平成2年から平成11年まで。
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1990年から1999年まで(平成2年から11年まで)の10年間。タグとしては90年代が用いられることが多い。

世相

日本の90年代は、経済的にはバブル期の最晩年そしてバブル崩壊とその後の「失われた10年」としてまとめられることが多い。1990年代中頃には企業の急激な採用抑制で「就職氷河期」が問題になった。日本の企業は新卒採用に偏っていたので、ただでさえ人口の多い団塊ジュニア世代(1970年代生まれ)が恵まれた職になかなかつけずに「失われた世代」になってしまう。

バブル時代の狂騒さに我を忘れてどんぶり勘定の経営を行ってきた多大なツケを払うハメになった企業も当時は多かったため、倒産する企業も後を絶たず、多くの企業自体が新人を雇うほどの人件費まで払う余裕すら無かったことも上記の「就職氷河期」に拍車をかけた。また、バブル時代の感覚・価値観から脱却できなかった結果、倒産をした企業も多い。

また行政も同じく、バブル時代の感覚・価値観を引きずる余り、不必要な箱物ばかりを作ったり、現在の視点ではどう考えても採算の合わない事業を行うことや、安易に商業施設を誘致するケースも少なくなく、こうした負の遺産が現在の日本の地方に足枷として残っていることは否めない。

日本がバブルのもたらした爪痕の後始末に失敗し、そればかりか世の中にアメリカ流の格差社会とグローバル資本主義を肯定する新自由主義思想が広まっていったことが、2000年代以降、社会の貧困化と失業問題が再び深刻化する伏線となる。

それでも、まだ社会にも余裕があり、全国各地で若者文化が隆盛を極めた。2000年の大店法(大規模小売店舗立地法)の規制緩和前で、地方の商店街もまだ活気があり、シャッター通り化はしていなかった。平成不況の極みを向かえたのは1997年の消費税増税でデフレが始まったことなど、当時の橋本龍太郎政権における経済政策の失敗以降である。

時代像

1990年〜1993年ごろバブル景気は終焉を迎えるが、この頃は社会にバブル期の余熱があった。文化的にも80年代後半の延長線上という感じである。

90年代の風俗といえば、1996年-1997年前後の女子高生コギャルブームのイメージが強烈である。さらにその後の1999年あたりからの高校生たちが、携帯電話メールで日常のコミュニケーションをとるという生活スタイルを定着させた。(といっても、当時は携帯電話なんて働いていないもしくはバイトでスズメの涙程度しか給料をもらえない庶民のティーンエージャーが持てるような代物では無かったので、PHS通称ピッチを使用する高校生が多かった。)CDや漫画、書籍の売り上げもこのころピークを迎えた。

1995年までは人々のファッション髪形などもいかにも古臭い感じであるが、1996年から現代に近いものに変化していき、1998年以降の映像は今見てもそれほど違和感がない。日本の大衆文化がこのころ成熟を迎えたことが伺える。

コンピューター関連

テレビゲームの売り上げも最盛期であり、ドット絵からポリゴンによる3Dゲームへと移り変わっていく時代に当たる。スーパーファミコンメガドライブPCエンジンプレイステーションセガサターンNINTENDO64などが激しくしのぎを削り、中でもプレイステーションは社会現象と言えるほどの絶大な影響を与えた。携帯用ゲーム機器ではゲームボーイが勝ち頭となっていたが、次第に性能の陳腐化が目立つが、ポケットモンスター発売で再度一大ブームとなる。

パソコンにおいてはマイクロソフトがOSソフトのWindows95を発売したことにより、一般の家庭にも浸透するが、常時接続環境が一般的でなかったこともあり、まだインターネットサービスは成熟していなかった。なお、日本のパソコンは各社ごとで規格が統一されていなかったが、前述のウィンドウズ95搭載パソコン発売以降、PC-9821Macintoshを除いてほぼ淘汰され、事実上の統一化がなされている(そのPC-9821も、1998年に登場したWindows98とともに事実上終焉を迎えている)。

テレビ番組

90年代は80年代から進んでいたメディアの多様化(マルチメディア)が本格的に展開し始めた年代である。しかし、当時インターネットはダイヤルアップが主流で常時接続の接続料は高価であり、当時の日本の携帯電話は今と違って電話とメールしかできなかったので携帯でコミュニケーション以外の何かを楽しむということはできなかった。プレイステーションの隆盛をきっかけにビデオゲームが社会人にまで広がり、レンタルビデオや衛星テレビの普及も進んでいたものの、多くの日本の庶民にとっての娯楽の王者はまだまだ地上波テレビ視聴であり、このことは国民全員が全てテレビの視聴者になりうるということである。
こうした当時の時代背景から、世間の多くのテレビ視聴者のパイを取り合うために各局様々な意欲的な人気バラエティ番組が作られていき、マジカル頭脳パワー、ウリナリ、電波少年などなどこの90年代は今でも語り草となっているバラエティ番組が多数製作されており、こうした人気バラエティ番組を幼少期から視聴して育った人も多いのではないか。

つまり、この90年代がテレビが輝きを放っていた最後の時代と言っても過言では無いだろう。

ちなみにバブル崩壊の影響はこのテレビ業界にもあった模様(出演タレントやスタッフのギャラが安くなる、番組制作費用が削られるなど)

乗り物

自動車

自動車業界においてはバブル期のハイラックスサーフやパジェロなどのSUVブームを経て、オデッセイを筆頭とするミニバン勢が勢力を拡大。当時はミニバンとSUVはひとまとめに「RV」と呼ばれていた。

またこの頃は、メーカーも総じて走り重視の広報戦略を採っていた。今でこそ「21世紀のカローラ」とも言えるほど売れているプリウスも1998年に登場した当時は(ガソリン価格が安かったこともあり)環境保護に対する意識が高い人だけが乗る色モノ扱いだった。(もっとも、2010年代において多くのプリウスオーナーが求める「低燃費」はエコノミー目当てでありエコロジーに関心があるとは思えないが・・・)

もっともセダンクーペに関してはこの90年代後半あたりから、不振が目立ちはじめており、「セダン=おっさんが乗る車、もしくはスポーツカー」のイメージが確立されたのもこのころからである。また90年代はワゴンRをはじめとする軽トールワゴンの隆盛が始まった時代ではあるが、00年代以降のように登録車から軽自動車に乗り換えるダウンサイジングの動きはまだ活発ではなく、カローラクラウンマーチスターレット、オデッセイなどの車種が売れ筋であった。

さらに言えば、やっぱりバブル崩壊の影響も残っており、その影響で車作りの予算が削られた結果、急にクオリティが低くなった車(カローラなどのトヨタ車に顕著)も存在したり、バブル崩壊の煽りでマツダ日産の凋落が生じるなどの余波が起こっている。

鉄道

1987年に国鉄が分割民営化したことにより、以降は地域輸送重視で競合する私鉄との激しい競争となり、特にJR西日本JR東海などが新型の新快速用車両を大量導入し、競合私鉄に大きな脅威となった。一方でJR東日本は慢性化していた混雑の解消および国鉄型車両の一掃をはかるべく、コスト重視型の209系などを導入するなど各社での対応が分かれている。
JR在来線の特急はそれまでの全国画一的車両から一転、JR各社でそれぞれの個性を出した車両が誕生。経営基盤の弱いとされた、北海道、四国向けのディーゼル特急車も高性能化がはかられている。
新幹線では東海道新幹線300系のぞみが新設、東京-新大阪間がそれまでより30分早い2時間半となり、山陽新幹線でも時速300kmの500系のぞみがデビューしている。また新幹線を在来線に乗り入れる新在直通のミニ新幹線も開業している。

一方で利用者が減少しつつあった夜行列車の廃止が相次ぎ、10年間で大きく本数を減らすことになった。同じく既に民営化までに大半が廃止されていた、急行や客車列車などもさらに数を大きく減少させている。80年代の分割民営化を前後に全国の旧国鉄の赤字ローカル線はすでに淘汰されており、90年代は赤字を理由とする廃止は少なかったものの、整備新幹線の開業に伴う並行在来線の廃止、第3セクター化が始まっている。

スポーツ

プロ野球では後述のサッカーブームに押される展開になった。1988年に東京ドームが開業し、90年代には各地でドーム球場の建設が相次ぎ、このうち中日、ダイエー、近鉄がドーム球場に本拠地を移した。またFA(フリーエジェント)による移籍が相次ぎ、球団間での戦力格差が広がった。
セ・リーグ野村克也率いるヤクルトスワローズ長嶋茂雄率いる読売ジャイアンツが優勝を争う状況となり、阪神タイガースはこの10年間のうち9年がBクラス、大半が最下位になるなど暗黒時代とも呼ばれることになった。1998年には横浜ベイスターズが38年ぶりに日本一となる。広島東洋カープは1991年のリーグ優勝が現時点最後の優勝となり、1998年以降15年連続Bクラスと低迷する。
パ・リーグでは前半は西武ライオンズが黄金時代を作っていたものの、1994年の森監督の勇退の翌年にはオリックス・ブルーウェーブが優勝、また初のシーズン200本安打を達成したイチローが大ブームとなる。一方で1995年の近鉄バファローズ野茂英雄大リーグ挑戦をきっかけに日本人メジャーリーガーが次々に生まれることになる。
この当時の日本プロ野球は、まだまだセリーグ偏重傾向の時代であった。特に昭和の大スターであるミスタープロ野球こと長嶋茂雄が巨人の監督を務めていたので、巨人偏重報道の傾向がまだまだ根強かった。このため巨人戦の試合の中継が、日テレを初め各局で堂々とゴールデンタイムの地上波で行われていた時期でもあり、このことで好きなTV番組を見れなかった思い出や巨人ばかりを取り上げるマスコミに辟易した思いも皆さんの中にはひょっとしたらあったかもしれない。

サッカーでは、1994年に初の国内プロサッカーリーグJリーグが開始されたことにより、一大サッカーブームとなる、1998年には初めてワールドカップに出場、2002年の日韓ワールドカップ開催へとつながっていく。

大相撲では若花田(若乃花)貴花田(貴乃花)のいわゆる「若貴ブーム」で本場所は連日大入り満員でにぎわう。1991年5月場所において貴花田が横綱千代の富士を初対戦で破り、2日後に千代の富士が現役引退したことから世代交代が一気に早まり、史上初の外国人横綱が誕生したが、日本人横綱は1998年に昇進した若乃花を最後に、現在まで誕生しなくなっている。

災害

1995年の阪神淡路大震災では都市直下型地震としては、死者5000人を出すなど戦後最大級の被害を出した。自衛隊の災害出動に関する不備が大きく問題となったのもこの震災である。また同年にはサリンを用いたオウム真理教による地下鉄サリン事件が発生、化学兵器を用いたテロは前例はなく、日本のみならず世界に衝撃を与えた。

関連タグ

オウム真理教 阪神大震災 90年代アニメ セカイ系
プリクラ チョベリグ たまごっち 小室哲哉 ロキノン
レトロゲーム ポケモン プレイステーション
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