概要
薄く透明な板状のプラスチック板にキャラクター等が描かれたもの、またはその技法のこと。
この透明板が「セル」と呼ばれることによる。元々はその名の通りセルロイド製であったが、引火性が高く撮影中に火が付いたり溶けてしまう、保管庫が火災になった事故などがあるため、1950年代までにはアセテート樹脂に置き換えられている。しかし「アセ画」にはならずその後も、アニメ用語として残り続けた。
原理は現在のイラストツールにおけるレイヤーの概念と近く、少しずつ動いている絵をこのシート上に描いて着彩、透明シートであることを活かして他のセルや背景と組み合わせてシーンを表現する。それを専用の撮影機で撮影、フィルム化することでやっと1コマが完成する…という、非常に手間の掛かる作業であり30分アニメを1本製作するのにすら数千枚のセルが使われる事もザラであった。
こうした手間を軽減する為に様々な技法が考案された(後述)という面もあるが、時代が下りコンピュータによる作業が一般化すると、作業効率化の為に切り替わっていった。
もちろん、セルを用いずに絵のアニメーションを作成することも可能であったが(クレイアニメや切り絵アニメのようなコマ撮り、影絵、パラパラ漫画の応用、スキャニメイト等)、セルを用いるよりはるかに手間がかかるか限定的な表現力しかないため、あまり行われなかった。
セル画アニメの特徴
当然ながら古いアニメはセルに手描で線画、着彩が行われている為に画材の微妙な滲みや色ムラなどが出来ている。有り体に言えば滲みや色ムラ、作業者による誤差だが、独特の風合いや柔らかさがあるとして愛好する人も多い。
また、セル画を撮影してフィルムにしていく都合上、完成映像はほぼ全ての場面に微妙なブレ、通称「画面ブレ」が生じることになる(セル画の位置時代が動いてしまっている以外にも、撮影するカメラが動いたり揺れてしまっていることによる)。
技術上どうしても生じてしまう部分だったこともあり「アニメとはそういうものである」と捉えられていた時代も長かった。デジタル作画に完全以降した後も、前年までの映画と比べた際に違和感が出てしまったり、回想シーン・バンクシーンだけブレるのが不自然という事であえて画面ブレ風の表現を加えていた例が多い。現在でも、セル画時代風の質感を出すためにあえて映像処理でブレを入れる事がある。
逆に、再生機器やソフトの側に画面ブレを軽減する機能が入っているものもある。
- デジタル移行後も画面ブレが見られるアニメの代表例
- 『ONEPIECE(2001~2003の本編・予告編と2004〜2008の予告編)』:映画第1作(2000年)はセル画で製作されていたが、2001年からデジタル以降した。2003年まではフィルム上映のみの対応だったため画面ブレが入っており、2004年以降の作品は予告編のみ画面ブレが確認されている。
- 『ドラえもん のび太とふしぎ風使い(2003)』:前年の『ドラえもん のび太とロボット王国』まではセル画、本作からはデジタル化しているが画面ブレが入れられている。
- 『ポケットモンスター アドバンスジェネレーション(2002~2004)』:『劇場版ポケットモンスター セレビィ 時を超えた遭遇』まではセル画で、『劇場版ポケットモンスター 水の都の護神 ラティアスとラティオス』からはデジタル作画に移行している。「アドバンスジェネレーション」世代まで画面ブレが表現されていた。
- ジブリ作品のほとんど:ほとんどの作品に画面ブレ表現が組み込まれていた。
- 実態が不明なもの
- 『あらしのよるに(2005)』:2004年から大々的に「失われつつセル画を用いて制作する」として宣伝を行っていたが、公開された映像はあまりセル画風でない上に画面ブレなども生じていない。実際にはどのような作業方法で製作されたのがか明かされておらず不明点が多い。
製作方法
原画起こし→トレース
動画用紙にアニメーターが描いた原画から、特殊なインクと付けペンで線画をトレースする。後に動画用紙から直接セルに転写できる技術が登場した。
トレース作業者にきちんと伝わるように鉛筆の使い方についても様々なルールが設けられており、この頃の習慣はデジタル作画になった現在でも業界の約束事として残っていたりする。また、原画マンに求められる元絵にも後の事を考えて様々なルールや縛りがあった。
透けさせる必要が無い、ほとんど動かさない背景などはそのまま紙に画材で描かれた。
彩色
専用の塗料である「アニメカラー」で手作業で色を塗っていく。ビニール系の水性塗料で、上記のトレースで描いた線画とは逆側に色を塗ることで線画を塗りつぶさずに鮮やかな色を塗ることができた(塗り間違った際もリカバリーが効く)。この塗料は一般的な有機溶剤ではなくアルコール系溶剤で、屋内密室での作業で中毒のリスクを減らすために採用されていた。
初期のアニメでは作業者によって微妙に色が違っていたり塗り間違いが生じる事が多かったが、後になるにつれ「色指定」という概念が徹底されたり、全体の色を監督する「色彩設計」という専門の役職によって統括されていくようになった。
物理的な制約として、塗料在庫の有無がある。どのアニメでも多く使われる需要の高い色があった一方で、あまり使われない色の塗料は余りがちである。長期シリーズアニメや、低予算で発注される事が多かったアダルト作品などでは在庫処分として使用頻度の低い色を大量に使う、不人気色をキャラデ段階であえて組み込むなどするケースもあった。
なお、こうした逸話の代表として知られている「ガンダムでシャアザクや爆発がピンクなのは余っていたから」という話だが、実はこれはデマ。使える色数が限られていた当時、機体や爆発の前にキャラクターが来ると輪郭線だけになってしまうのを防ぐ為、モノクロ媒体にスチルが掲載された際に見分けが付くためにわざわざそれまでスタジオになかったピンク・緑の塗料を仕入れたと関係者によって振り返られている。
撮影
専用の撮影台の上で背景やセルを重ね、撮影してフィルムにしていく。
撮影台は製作スタジオの規模や予算によって様々な物が使われていた。セル画時代の後期にはコンピュータ制御を部分的に取り入れており、水平にスライドさせる作業を自動で行ってくれるという高性能なものもあったようである。
ただ撮影するだけでなく、照明効果を利用することでレンズ効果などを表現するいわゆるエフェクトを乗せる技法も様々編み出された。
撮影後
撮影後のセルは会社によって異なる扱いを受けていた。黎明期に多かったのが洗浄して再利用されるパターンで(セルが貴重だった事による)、薬品でインクを落とした後に他の作品に回されていた。しかし、繰り返し使用するうちに傷が付いて品質が低下していく為に、アニメーションの商業的価値を高めていく過程で使い捨てが基本になっていく。
当然使い捨てになると大量のセルが残ることになるが、撮影スタジオや関係各所で保管されたものもあった一方で、関係者に配布される、処分される例も出てくる事となる。こうして個人の所有物になったものや、下請けスタジオの倒産に伴う処分、退職者による持ち出しによって市場に流れたものはマニアの間で取引されることとなり、有名作品や好きなキャラの描かれているものを収集しているという人もいる。
不法な手段で持ち出されてしまうこともあり、国内作品で例を挙げると『らんま1/2』の撮影済みセルが倉庫から盗難に遭いニュースになったことがある。
セル画から生まれた技法
アニメ塗り(セル塗り)
膨大な枚数を人力で彩色していた都合上、簡易的に立体感を表現できる手法として考案されたもの。アニメ塗りの項目にも詳しいが、1つの色に付き影は1つか2つに絞ることで立体感のある絵を量産する事を可能にした。いわゆるエアブラシ塗りやグラデーションなどは使用しない。
銀色、金色という厳密には色としては存在していない概念・金属光沢を表現する為にワカメ影などの手法も編み出された。
セルやカメラをスライドさせる事によるカメラ/動きの表現
別のセルを使わなくても動きを表現する技法として、セルを動かしながら撮影するという技法も多様された。例えば人物が歩いているシーンであれば腰から上だけのカットにしておくことで脚を描くのは省き、上下左右に動かしながら撮影することで歩いているように見せかけることができる。
カメラワークを表現するためにも多様される。横長の背景の端に人物を配置しておき、ずらしながら撮影して最後に人物を映す事でカメラが回転し人物の方を向いたように見せかける、人物が対峙している場面で2人をスライドさせながら撮影することでカメラが周囲を回っているように見せる…など。
製作スケジュールが厳しいときにも多様される手法であり、ドラゴンボールなどの引き伸ばしパートでは度々この疑似カメラワークが使われている。
バンク
作劇上よく使われるシーン(ロボットものの変形合体、魔法少女ものの変身シーンなど)の映像を撮りだめておき、必要な時に再利用する方法。お約束的にやられる雑魚キャラなどにも用いられる。
繰り返し使いすぎると手抜き・使いまわし感が出てしまうという両刃の剣だった為に、拡大率や向きを変える、フルではなく部分的に使う、最初に完全版を製作しておき劇中でのパワーアップで小出しにしていくなどの様々な手法が考えられた。
背景アニメーションで使われることもあり、大きくパースやカメラアングルが変化するシーンにおいては単色や単純な繰り返しパターンで背景が描かれていることが多い。このようなシーンにおいては、背景を数枚で済ませることが困難であり、かといってすべてのコマで正確なパースの背景用のセルを描き起こすのは莫大な労力が発生するからである。
賛否両論が挙がることもあるが、特にロボットアニメにおいては発信シーケンスや変形合体、必殺技などは一種の様式美であるとされることが多い。
セルの物理破壊
セル画はアナログ画材で描かれているため、物理的に傷を付けたり破壊する事が可能であった。これを用いた技法も様々編み出されている。
代表的な例はセルにカッターで薄い傷を何本も付けて雨の表現とする、わざと折り目を付けて撮影光が反射するようにして逆光を表現する…など。現場の工夫として行われていたため、現在となってはどうやって表現されたのかわからない技法などもある。
特に奇抜な例としては、アニメ版『北斗の拳』で行われたセル画に描かれた絵自体を擦って破壊する、セル画自体を裂いたりするという方法がある。同作に登場する北斗神拳によって肉体がめちゃくちゃに破壊される表現として組み込まれているが、撮影失敗した際に後戻りが効かない為にあまり一般的なものではない。
リップシンク枚数の削減
特に日本の制作現場では、口パクの枚数を削減するためにa,i,u,e,oの口の形のうち、2~3パターンしか作らないという手法が盛んに使われ、現在でも続いている。予算が潤沢なOVAやアニメ映画などでは5パターンのものもある(代表的な例は『AKIRA』など)が、テレビ放送されるアニメの多くは3パターン程度である。
更に製作が厳しくなってきた場合、そもそも登場人物の口を隠すという解決策もある。強引にアップの絵にして口を見切れさせる以外にも、そもそも変身時・コスチュームチェンジ時にマスクを装着させるなどの手法がある。
キャラクターデザインに組み込まれている例としてはキャシャーンやロム兄さん、キン肉マンなど。製作終盤になり、作画が厳しくなった為に口を描かなくて良いコスチュームに変更になった例としてはメインキャラほぼ全員が鉄仮面化した『銀河烈風バクシンガー』などがある。
コマ数の削減(リミテッドアニメーション)
黎明期アメリカのアニメは「フルアニメーション」という技法で製作されており、映像のフレームレートと同じ1秒間に24コマの絵を必要としていた。代表例である『白雪姫』は制作期間4年、予算17万ドルをぶっこんで作られている。ディズニーは長らくこの手法を使い続けた。
日本のアニメ業界でも、黎明期はこのディズニーその他の影響を受けてフルアニメーション技法を積極的に採用していた。毎コマ新しい画を表示できるため、ヌルヌル動いて見えるというメリットはあったが、その制作コストは膨大で日本の市場規模では困難、とても毎週テレビ放送できるようなものではなかった。
テレビアニメ開始にあたり虫プロダクションが推し進めたのがこのリミテッドアニメーションと呼ばれる手法である。この手法ではまずコマ数を24枚/秒から8枚/秒に落としてしまう。つまり必要な絵自体の数を1/3に落としてしまうという大胆な発想で、それでも動いているように見せる為に動きやアニメーションをより誇張・デフォルメする、止め絵を用いた演出などを独自に発達させていった。上記で紹介した技法もこうした制約があるなかでいかにうまく見せるか?という課題に対して編み出されたものである。
セル画でよく見られたミス
彩色ミス
色指定がきちんとされていない、作業者の過失などで生じてしまうミス。
文字通り、違う色で塗られており、シーンによって色が変わってしまっていたり、別の色違いキャラになってしまうというパターンがある。
重ね順のミス
現在のイラストで言うレイヤーの重ね順ミスのように、本来表現したかった絵とは違う順でセルを重ねて撮影してしまったミス。奥行き関係がおかしくなるだけでなく、映る部分だけ描いていた都合上切れ目が見えてしまったりする。
『トランスフォーマー』の初代アニメでは上述の彩色ミスと合わせて度々起こっており、だまし絵のようになっているシーンがあったりなかったりする。
ゴミなどが映り込んでいる
撮影時にホコリやゴミなどが映り込んでしまうケース。
微細なホコリであれば問題ないが、セルを加工した際に出る切れ端や大きなホコリが挟まっていると完成したフィルムでもそれが見えてしまう。
代表的な例としては『チャージマン研!』に度々写り込んでいる細かいゴミ、通称「陰毛」などがある。もっと豪快な例だと虫、スタッフの指が写り込んでいるなどの例もある。
セル画の現在
2000年以降は、急速にコンピュータ上でのデジタル作画に置き換えられ、セル画で作業する事はほぼなくなっている。日本国内では『サザエさん』が2013年9月までセル画で作られていたが、以後はデジタル作画に切り替わり、商業的にその役目を終えている(趣味や芸術表現などで使われることはるが)。
ただし、セル画が過去のものになった現在もなお、日本国内ではセル画時代の表現手法を継承したアニメ塗りのアニメが主流となっている。また、アニメ塗りから脱却して水彩画調の塗り(これはアナログでは上述の「パラパラ漫画」の手法になってしまうため非常に手間がかかる)を採用した『かぐや姫の物語』などのCGアニメもあるが、これも主流ではない。
東アジア以外では一時アニメ=3DCGアニメの事と言っても良い程に顧みられていない時期もあったものの、日本式のセル画アニメを見て育ったクリエイターによってセル画時代風の表現が取り入れられたアニメが多数発表されており、現在では「セル画風・日本手描きアニメ風」はアニメーション業界全体において一定の割合を占めている。
また、ロボットアニメ界隈などでは「セル画時代」というと、一般的に~90年代中盤までの厚塗り+フィルム劣化を経た画風のことを指す場合が多い(2000年代初頭にもセル画で作られていたアニメは存在するが、発色の良さなどから初期のデジタル作画と区別がつきづらいため)。
2010年代以降はVaporwave、シティポップなどの音楽ジャンルがブームになったのに伴い、MVとしてセル画アニメの映像がマッシュアップされる事が増えている。特にFutureFunkは80年代~90年代のアニメに登場した女の子をアイコンとしている事が多く、度々セル画の映像が用いられている。
pixivにおいて
いわゆるセルと原画に描いたもの、セルそのもの、それっぽく記載されたイラストにつけられている。仕上がりが所謂エロゲ塗りに近いせいかR-18の作品が多い。