ピクシブ百科事典

1990年代アーティストの悲劇

せんきゅうひゃくきゅうじゅうねんだいあーてぃすとのひげき

1990年代に全盛期を迎えたアーティスト(歌手・プロデューサー)は悲劇に見舞われやすいジンクスの事。
目次[非表示]

1990年代に全盛期を迎えた歌手プロデューサーは何らかの形で悲劇に見舞われる事が多いジンクスの事。

代表例

男性

いずれも悲劇に見舞われたのが比較的最近であり、年齢も50前後に多いのが特徴。

小室哲哉

小室被告反省しています。


1990年代を語る上では欠かせない存在。1990年代半ばに大量のミリオンヒットを生み出し、資産は100億円に上るとも言われていた。誰もが将来安泰だろうと予測していたが、現状は起業失敗や日頃の浪費癖が祟り金欠生活を送っており、2008年に著作権を巡る詐欺の疑いで逮捕される。自業自得と言われればそれまでだが、億万長者から前科持ちの貧乏人へと落ちぶれた転落劇は日本中に衝撃が走った。

ASKA(CHAGE&ASKA)

ASKA氏の逆襲?!


チャゲアスのヒット曲の大半の作詞作曲を手掛けている。
1980年代光GENJIのプロデューサーとして活躍し、1991年の「SAY YES」がダブルミリオンを記録し社会現象となる。
2009年に無期限活動停止を発表。2013年に活動再開と復活ライブを発表しファンを喜ばせるも束の間、ASKAが脳梗塞を発症したため延期になってしまう。
病気の療養中、ASKAに薬物使用の疑惑がある事が週刊文春にリークされてから再結成にますます暗雲が立ち込めはじめ、2014年5月17日に覚醒剤取締法違反に逮捕された事でそれが確定してしまった。
薬物使用による症状は予想以上に重く、最低でも3年は治療に専念しないと歌手として復帰出来ない状況だと明かされたが、2017年2月に自主レーベルから新作をリリースし音楽活動を再開した。

つんく♂(シャ乱Q)

つんく♂声を捨て生きる道を選ぶ


シャ乱Qのボーカリスト。1995年に「シングルベッド」「ズルい女」をヒットさせ瞬く間にトップアーティストの仲間入りを果たす。さらに自身がプロデュースしたアイドルモーニング娘。も大ブレイクし一時社会現象を起こすなどプロデューサー・企業家としても成功し億万長者となった。
しかし2014年頃から咽頭がんが見つかり治療に専念、一度は回復するも再発し10月に声帯を除去。歌手としての命である声を失ってしまった。

YOSHIKI(XJAPAN)

XJAPANのリーダー。1997年に解散し、2007年に再結成。元から体に鞭打ちを繰り返し満身創痍の状態だったが、2015年明けに右手が腱鞘炎を起こし回復が絶望的な状況にあることを公表。下手すれば一生右手が使えなくなるかもしれないほどに状態が深刻であることを明かしている。また、Xの同僚hideを1998年5月に、1992年までの元同僚TAIJIを2011年7月に亡くしている。

黒沢健一(L⇔R)

黒沢健一


元L⇔Rのボーカリスト。1995年に「KNOCKIN' ON YOUR DOOR」がミリオンセラーを記録し、人気絶頂の中1997年に活動休止。作曲家としても森高千里の「気分爽快」などをヒットさせている。バンド活動休止後はソロ活動を続けていたが、実弟の黒沢秀樹とも決して仲が悪かったわけではなく共に仕事をする事もあった。しかし2016年10月脳腫瘍を患って何度か通院していた事を公表し治療のためにしばらく活動休止を宣言するも、わずか二ヶ月後の12月に同病気で急死。48歳という若さだった。彼と同期のアーティストはまさに今が歌手として脂の乗っている時期であり、ちょうどL⇔R結成25周年の企画がこれから展開される矢先ともいうべきタイミングで、再結成の希望も見られた中での悲劇であった。

SMAP

SMAP


ジャニーズが生んだ国民的アイドルグループ。1991年にCDデビュー。
96年には人気メンバーだった森且行が脱退するというアクシデントに見舞われるも、この頃からその喪失感を感じさせないほど人気が急上昇し、「夜空ノムコウ」「らいおんハート」「世界に一つだけの花」などのビッグヒットも出しジャニーズの代名詞とも言うべきトップアイドルへと急成長した。
しかし、2015年1月に週刊文春でのメリー女史による暴露記事をきっかけに、SMAPマネジャーと喜多川一族との対立が泥沼化し、2016年明けにメンバーの事務所退社や独立騒動が浮上し解散危機に陥ってる事が週刊誌やネットニュースなどで取り上げられ、後にそれが事実である事を事務所が認めた。この時はファンの決死の反対運動により事態は収束化するも、同年8月に正式に同年大晦日をもって正式な解散が発表された。
この年はちょうどデビュー25周年のメモリアルイヤーにもかかわらずライブイベントもまったく行われず、NHKからの数度にわたるプッシュも空しく紅白歌合戦も辞退。ラストステージは26日放送の「SMAP×SMAP」最終回のスタジオライブになると発表されたが、実際放送された番組の内容の大半が過去の映像のダイジェスト、終盤のスタジオライブも生ではなく3週間以上前の1日に収録済みのものというあたかも現在の彼らを極力出す事を避けるような番組構成で視聴者からも「死んでないのに追悼番組を見ているかのよう」とも揶揄された。
SMAPと同じ2016年に活動終了したμ’s氷室京介東京ドームのキャパシティを解放しきったたラストライブという綺麗な大団円を迎えた例と比べても杜撰さは明白であり、その最後は25年もの長きキャリアを持つトップアーティストのそれとは到底思えない、あまりにも無様で呆気ないものだった。
SMAPファンからもジャニーズ事務所が圧力をかけて彼らを束縛し無理矢理終わらせられたのではないか」と邪推され事務所が厳しい批判を食らっているが、その事務所も一体内部で何が起こっているのか全く明かされず各マスコミですら投げやり気味な考察しか出来ないほど完全なブラックボックス状態なので真相は依然闇の中なのが現状である。
ちなみにSMAPが解散前に行った最後のライブは解散発表から1年以上遡る2015年1月12日の「Mr.S」ツアーファイナルのナゴヤドーム公演となる。

女性

坂井泉水(ZARD)

負けないで


ビーイングブームを象徴するアーティストの一人。
ブーム終焉後も積極的に音楽活動をしていたが2000年頃に子宮頸がんが発見され、以降は仕事をこなしながら闘病生活を送っていた。
しかし2007年4月にがんが肺に転移し病状が悪化。同年5月26日に入院先の慶応大学病院のスロープから転落、翌日27日に脳挫傷で40歳の若さで亡くなった。

宇多田ヒカル

宇多田ヒカルに集まるマスゴミ


1998年にデビューし、翌年発売した1stアルバム「First Love」が700万枚という圧倒的売り上げで歴代売上一位を記録。若干16歳にして天下を取った。
しかし、2000年に入ると後述の家族関係のストレスからか卵巣に異常をきたし卵巣摘出手術を受ける。
そして2013年8月に実母である藤圭子が自殺。藤圭子はかなり前から精神病を患っていたが、自覚症状がないため治療させてあげる事が出来ないジレンマに長年悩まされていた事も明かされた。

浜崎あゆみ

あゆで~す。ゲリラライブで取り調べ受けちゃうかも


小室撤退後の90年代後半~00年代前半のエイベックスをリードした歌手。CDの総売上は歴代3位を誇る。
2000年ごろに左耳に突発性内耳障害を発症した事が発表され、2008年には完全に聴力を失っている事が明かされた。
また、2011年に起こしたミュージックステーションのドタキャン騒動は彼女のイメージを完全に悪化させてしまいファン離れや2014年の紅白歌合戦落選にも繋がってしまっている。

安室奈美恵

小室ブームを象徴するアーティストその1。1990年代半ばにヒット曲を連発し97年にtrfのSAMと結婚。幸せな家庭を築いたかに見えたが、1999年義理の父の弟が母親を殺害する事件が発生し衝撃を与えた。また2002年にはSAMと離婚している。

華原朋美

明治天皇玄孫と華原さん


小室ブームを象徴するアーティストその2。小室の愛人としても知られたが、1998年ごろから関係が悪化。1999年には破局し、同年にはそのショックで自殺未遂を起こしそのあまりに変わり果てた姿にショックを受けたファンは多い。
一時期は海外に遠征し一からボイトレをし直したり、コロッケとのデュエットやクレヨンしんちゃんの主題歌を歌うなど精力的に活動していたが、2007年に再び自殺未遂を引き起こし事務所を解雇。また、当時付き合っていた男から暴行を受け片耳がほとんど聴こえなくなるなど裏でも波乱万丈な人生を送っていた。
2012年12月新しい事務所に所属し歌手活動に復帰。2014年には因縁の小室と番組内で共演し和解、2015年5月には再び小室プロデュースの楽曲を発売することが決定した。

KEIKO(globe)

小室ブームを象徴するアーティストその3。華原朋美とほぼ同時期に小室も所属するglobeのボーカリストとしてデビューした。
2002年に小室と結婚。しかしその6年後に小室が逮捕されたストレスによるものか、2011年くも膜下出血で倒れる。幸い早期発見だったため一命は取り留めたものの、治療の後遺症にglobe時代の記憶や自らの歌唱スタイルを忘れてしまうという記憶障害を抱えてしまった。現在は歌手活動を休止しリハビリに専念している。

酒井法子

覚醒剤は人間の心も体も壊します。


1995年の「碧いうさぎ」のヒットで知られる。
2009年に夫が覚醒剤使用容疑で逮捕、妻である本人も疑惑をかけられ、逃亡を図ったが逮捕された。
また、マスコミの過度のバッシングによりどす黒い家族関係やプライベートを赤裸々に暴露され表舞台への復帰がほぼ出来なくなってしまっているほどに世間からの印象を落としてしまった。

吉田美和(DREAMSCOMETRUE)

通称ドリカムで知られるDREAMS COME TRUEのボーカリスト。
2004年に結婚した映像ディレクターが3年後に胚細胞腫瘍で33歳の若さで亡くなってしまう。このニュースがきっかけで同年12月に発売されたアルバムは70万を超える大ヒットとなってしまったのが何とも皮肉である。
現在は無事に悲しみを乗り越え精力的に音楽活動を続けており、2012年に再婚もしている。

上原多香子今井絵理子(SPEED)

1996年にデビューしたアイドルグループSPEEDのメンバー。
2012年にET-KINGのTENNと結婚し、幸せをつかみ取ったかに思えたが2年後の14年9月にTENNが謎の自殺をしてしまう。その3年後に遺族が遺書が公開し、自殺の動機が自身の不妊から来る上原の不倫である事が明らかになった。
同じくメンバーの今井絵理子も2004年に175Rのボーカルと結婚するも3年後に離婚、さらに息子は手術でも治せない聴覚障害を患っている。16年に自民党の参議院に当選するが彼女も不倫をしていた事が大きく問題になった。

後藤真希(モーニング娘。)

ゴマキ悲しい


1999年加入。瞬く間に人気を獲得し一時期ジャケットセンター安倍なつみから奪い取るほどだった。
しかし弟がマネージャー暴行・未成年飲酒などの問題を引き起こしていたことに悩まされる。さらに2010年明けには母親が実家から転落死してしまう。父親は1996年に登山で転落死しているため、24歳という若さで両親がいない家庭となってしまった。
元モー娘。の転落レベルのスキャンダルとなると矢口真里加護亜依のイメージが強いが、加護は2000年加入なのでここでは割愛。

その他、持ち歌でギャラや印税を全くもらえなかった事を暴露した沢田知可子19のメンバーだったのになかったことにされた326、CDやグッズのギャラをほとんど事務所に持っていかれたSHAZNAIZAMなど90年代の邦楽バブルの闇がどんどん明らかになっている。

関連タグ

邦楽 風刺 逮捕 薬物 病気 障害 事故 悲劇 転落 豹変 みんなのトラウマ どうしてこうなった 風評被害 文春砲

コメント