概要
複雑な家庭に育ち、実父は山口組系の組長であったヤクザであり、実母は早々に出奔し一時期は叔母に育てられていた。
1985年にオーディション「'86 ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」に応募して入賞、サンミュージックの社長宅に住み込み芸能界に足を踏み入れる。
同年にアイドルユニット「モモコクラブ」を経由してデビュー、その清純派風のルックスで一躍人気となり歌手としても活動。「のりP語」で一世を風靡した。
18歳の時父親が事故死していたが、その際も父親の素性は伏せられていた。
やがて女優としての活動も増え、結婚出産を経てママタレとしても一見順調に見える芸能生活を送っていたが、2009年に当時の夫が覚醒剤使用容疑で逮捕され、本人も一時現場から立ち去ったまま逃亡していたが、数日後に自身も覚醒剤使用で逮捕された。せっかくまともに世の中に通用していたのに、悪い夫を捕まえてしまった事でその清純派イメージとはほど遠かった彼女の生育歴や、クラブに入り浸り当時の夫の影響で薬物に溺れるなどの生活も各種報道で暴露された。
また、彼女の異母弟もヤクザとなっており覚せい剤使用で近い時期に逮捕された。
清純派で売るために彼女は「一人っ子」という事にされており、この事件で弟の存在や父の素性を知り驚いた者も多い。
その異母弟は、前出の逮捕容疑で自身が被告となった裁判の中で「姉(法子)はヤクザな俺と違って真面目だから、名前は出さないでやってくれ(意訳」と言っていたらしいが、そんな彼の信頼も裏切ってしまったと言える。
これをうけて所属事務所やレコード会社からも解雇され、一旦芸能界追放処分を受けてしまう。本人も保釈後に涙ながらに謝罪会見を行い、会見や裁判の席上で「芸能界から退いて夫とも離婚しやり直す」決意を表明し夫と離婚した。
2012年11月に執行猶予が明けて芸能活動に復帰、元サンミュージックのスタッフが経営するオフィスニグンニイバに移籍。
テレビ・ラジオはもとより舞台活動もままならず、一時期パチンコ店のイベントで活動したのと、あとは人気の高い台湾等での活動が中心となっている。
2021年2月5日、女優復帰後の初主演映画で2013年に撮影された『空蝉の森』が上映された。
現在でも非難を受け続けている背景としては、実家がヤクザの一家で清純派のイメージを毀損したこと、当時小学生だった息子を置いて薬抜きのために逃亡したことが大きい。より大きいのは逃亡の件だろう。
関連項目
VHD - デビューシングルよりも先にVHDが発売された。
ASKA - 「1億のスマイル」の作曲家。こちらも覚醒剤で逮捕された。