概要
ジャニー喜多川は渡米した時劇場のステージマネージャーをしており、袖口から劇を見ていて感動したという。そして帰国後、知人が野球チームを作っていたために、これを真似て自らも「ジャニーズ少年野球団」というチームを作った。この中から選んだあおい輝彦ら4名の少年で「ジャニーズ」を結成させ、事務所設立に繋がった。
当初はマネジメントを渡辺プロダクションに委託していたが、1962年6月に独立して「ジャニーズ事務所」として創立。それ以降ジャニー喜多川と姉・メリー喜多川がこの事務所を発展させていった。ただし、元々は代表・ジャニー喜多川の個人事務所で正式名はなく「ジャニーズの所属事務所」の意でこの名を使用していた。
一般にはアイドルの事務所と誤解されるが、本来はミュージカル俳優の事務所である。
その経緯もあってか現在もTVのみならず、ミュージカルなどの舞台にも力を入れている。
現在は男性タレント専門の事務所となっているが、過去には数名の女性タレントが所属していた時期があり、そのうちの1人が2代目社長・藤島ジュリー景子氏である。
現在はグループ活動のコンサートのみならず、舞台やバラエティ番組等に多数のタレントを送り込む芸能界屈指の有力事務所となっている。
また、ファンの方にも色々と独自の文化やしきたりが成立している。
大多数は少年期にジャニーズJr.に所属、先輩グループのバックダンサーなどの下積みを行ったりJr.内でグループ活動。ジャニー社長の生前は彼の「You,デビュー」という「鶴の一声」で大体グループが固まりCDデビューに至るのが通例であった。
ジャニーズの場合はCDデビューはメジャーデビュー(レーベルはJASRACと契約しているレコード会社に限定するという意味合い)とほぼ同義であり、グループも事実上これで固定、ということとなる(インディーズは誰もいない)。その後グループ活動と並行してタレントや俳優としての実績を積むのが定番であった。ただし、グループを経由せずJr.卒業扱いとなりソロで俳優などにシフトするケースもある(生田斗真・風間俊介など)。
上記の「鶴の一声」でデビューが決定したグループは、ジャニー社長の遺言により2020年デビューが発表されたSnow ManとSixTONESが最後となった。現体制初のデビューとなったなにわ男子はプロデューサーと副社長の相談で決まっており、今後はトップのみの決定でなく幹部合議により決まることも多くなると思われる。
初期の公式にデビューが決まったジャニーズグループはメンバー全員が若くしてデビュー(1995年デビューしたV6の坂本昌行の24歳がデビュー最高齢となってから2010年代に入るまで全く更新されなかった程)し、そのほとんどがメンバー全員の年齢が30を前に解散したため初期 - 全盛期にかけては何かと「若い」というイメージが強かった。
しかし、近年は自然消滅したものを除き、1991年デビュー・SMAP以降10年以上活動するグループが当たり前となり、メンバー全員が30 - 40代を迎えるグループも珍しくなくなって来ている。そして、デビュー待機組が詰まっている状況もありA.B.C-ZやSnow Manの様にメンバーのほとんどがアラサーデビューするグループも出て来ており、一概に「若い」という印象は薄れつつある。
1995年の光GENJIを最後に「解散」を正式に発表したグループもほとんどおらず、2016年のSMAP解散まで21年間全くそういった話もなかった程である。SMAP解散以降も正式な解散があったのは2022年現在でタッキー&翼(2018年)とV6(2021年)のみであり、メンバー脱退や自然消滅こそあってもグループの大半は活動を存続している。
デビュー後は他事務所アイドルグループの様にメンバーが入替わりする体制ではない。一部メンバーが脱退となっても補充されることは基本的になく(そう決まっているのかは不明)、減ったらそのままとなっていることがほとんどである。
ジャニー社長の逝去後、2019年より2代目社長は藤島ジュリー景子、メリー喜多川が会長、滝沢秀明が副社長の新体制に。2020年9月にメリー喜多川が会長を退任して名誉会長となり実権から退いた(2021年にメリーは死去)。
2022年11月には滝沢が退社、後任に井ノ原快彦が就任。その後、後述の性加害問題の責任を取る形でジュリーが社長職を辞任、マネージャー上がりであった白波瀬傑副社長も辞任した。
東山紀之が社長に就任したことで創業者一族が経営より全員退き、またこの際被害者への補償を行う「SMILE-UP.」(社名変更)とエージェント業務を行う「STARTO ENTERTAINMENT」(新設・移管)の2社へ経営分離方針が取られた。なお、東山はSTARTO ENTERTAINMENT社長には就任せず、社長職には外部から福田淳氏が就任、経営陣も井ノ原以外は旧ジャニーズ事務所との関与が一切ない人物が就任している。
社風
所属タレント同士は先輩に対しても「君」付けで呼ぶのが慣習となっている。
とはいえ上下関係が緩いとは一概に言えず、それなりに先輩に対する遠慮はあり、吉本興業と同じく「実年齢を問わず1日でも早く入所した者が先輩」という位置付けである(なお、岡田准一(V6)と大野智(嵐)は生年月日が1週間程しか違わないが(岡田の方が先に生まれている)、V6が嵐よりも先にデビューしているため、岡田が先輩面をしたり、逆に岡田が「偉そうにしてゴメン」とネタとすることが度々ある)。ただし、吉本程奢りに関する慣習が厳しい訳ではない。
また、所属タレント人数や年齢層の割に既婚者がとても少なく、何かとその原因について憶測(邪推含む)や「掟があるのでは」との説が飛び交うことも多い。
会社の上層部の方針だけでなく、熱狂的なファンが多い故の大変さもあるのかもしれない。
とはいえ岡本健一と岡本圭人の様な親子2代ジャニーズ所属もいる。
肖像権、著作権に厳しい社風であり、そのためWEDメディアにも出演タレントの画像を出さないと言った方針を貫いてきた(Pixivユーザーに馴染みがある例を挙げるとV6の長野博や元・ジャニーズJrの古谷暢一が出演している『ウルトラマンティガ』がそれであり、該当俳優の出演シーンは尽くカットされている。ちょっとした小ネタであるが、現在ジャニーズに所属しているタレントが所属以前に出演した番組に関しては普通にネット配信されている)。
しかし、近年は流石に方針転換を測りつつあり、滝沢秀明が経営側に参画したこともあってネット配信事業にもシフトしつつある。上述の『ウルトラマンティガ』に関しても、当初は円谷プロダクションの公式サブスク『TSUBURAYA IMAGINATION』でも配信されなかったが、後にウルトラマンティガ25周年を迎えた2021年9月7日18:00に独占配信のみで視聴可能となった。
ヤッターマン(実写映画版)等の出演作品はHuluやNetflix(ドキュメンタリー等)とかで普通に配信されている。
しかし、これらの厳しい社風については、その割にはジャニー喜多川による性加害被害が発覚された後から今考えてみると、この不祥事についてだけは、それとは逆に今亡きメリー氏が生前時代に、この行為を寛容する形で隠蔽したことでそれがエスカレートしたものの、止めなかった事などに対し、疑問視する声も一部ファンから思われている。上記についてはあまりにも厳しいので、当時の頃にファンから見た所属者への人権にも気を遣っているというからだろうといった印象が強かったというギャップな面もあり、これは明らかに酷い様とも言えなくもないが…。
2019年7月にジャニー喜多川が逝去し、性加害被害問題に関しては同時期を境に終止符を打ち、実質的な代替わりして以降はさらに方針転換が進んでおり、今まで行なっていなかった所属タレント公式SNSアカウント開設や、各グループ・所属タレント個人YouTube公式チャンネル設立などが続々開始されている(第1号は意外にもジャニーズjのチャンネルである)。
しかし、iTunesなどのデジタル・サブスク配信には未だ消極的な姿勢を見せており、2022年10月現在、全楽曲が配信されているグループは嵐(全シングルのCWとメンバー別のアルバム収録のソロを含む)、ジャニーズとしては初となる配信・全世界デビューであるTravis Japan・堂本剛(ENDRECHERIを含む3アーティスト名義)・堂本光一・二宮和也(ソロ名義でのアルバム楽曲)のみであり、一部楽曲配信を行っているのはKAT-TUN(配信限定を含む複数シングル・アルバム「Honey」のみ)・Kis-My-Ft2(LINE MUSICのみで期間限定全曲サブスク解禁、現在ではベストアルバムのみ)の2組のみで、ほとんどのグループの楽曲は配信が行われていない(所属としては退所したシブがき隊や滝沢秀明などの活動停止した者も含む)。また、過去のファンからは現在も変化はないため、されないままの現状に対して多少残念がる声も少なくない。
その代わり、ジャニーズjrチャンネルを含む各グループの公式Youtubeチャンネルでは新曲や過去の代表曲のMVやパフォーマンス動画が公開されている。(テレビメディアでの音楽番組のランキング用サイズか生歌(演奏)くらいでしか聴けないものとなっている)
YouTubeチャンネルのみならず、副社長に若い滝沢が就任したことでプロモーション戦略も大分現代のスタイルに適合したものへと変わり、YOSHIKIや桜井和寿、果ては江頭2:50といった1990年代を代表する著名人、女王蜂や打首獄門同好会といったロックバンドに楽曲提供を依頼したり、ジャニーズとしては異例のバーチャルアイドルを生み出したりしている。
関ジャニ∞やジャニーズWESTが積極的に夏フェス出演のオファーを受けるようになり、TVだけに頼らない新規ファン獲得に転換することとなった。
一方、Snow ManとSixTonesの二組のデビューに関してはそれまでは初回盤のバリエーションぐらいでしか複数購入を煽らなかった販売形態を「2つのアイドル同士を競い合わせる」某グループ(逆にこちらは全曲配信展開や配信するオンデマンドメディアが多い)を彷彿させる様な方針で売出したため両者のファンが疲弊することとなってしまい、賛否両論に分かれた。
ちなみに関ジャニ∞は2024年(令和5年)現在はデジタル解禁となっている(ただし、サブスクはレコチョクとdヒッツのみ)。
「活動25年目」と「全員40代」の限界
2016年のSMAP解散以降、ファンの間ではジャニーズのグループは長く続いたとしても25年が限界というジンクスが生まれつつある。
- 3人以上で結成されたグループで最初に結成25周年を迎えたのは2010年の少年隊(1985年デビュー)であるが、前年のPLAYZONEを最後にグループでの活動自体が空中分解状態にあった。その後、2020年に少年隊の屋号は残したまま錦織・植草の2名が事務所を退社している。
- SMAP(1991年デビュー)を挟んで次に古参TOKIO(1994年デビュー)は25周年を迎える前年に山口が問題を起こしグループを脱退、さらには退所にまで至る。この出来事以降、TOKIOは音楽活動が出来なくなり、バラエティ番組での活動が主流となっている。さらには2021年には長瀬も退所、残り3人がTOKIOの屋号は残したまま子会社に移籍する運びとなった。しかし、音楽活動こそほぼ絶望的となったものの解散はしておらず、逆に山口が脱退せずそのまま音楽活動を続行していた場合、近い将来正式な解散となっていた可能性も否定出来ない。
- TOKIOに次ぐ古株・V6(1995年デビュー)は2020年11月1日に無事グループはデビュー25周年を迎えることが出来たが、翌年3月に解散が決定。この出来事がファンに結成25年目のハードルを越える難しさを考えさせることとなった。
- またこれらのグループには他にも共通項があり、メンバー全員が40歳以上を迎える前後に音楽活動面で良からぬことが発生するというものがある。少年隊最年少の東山がギリギリ39歳の頃に出したシングル「想 SOH」以降は新譜リリースが途絶え、SMAP解散時の最年少の香取は39歳(40歳を1月先に控えたタイミング)、TOKIO・山口が脱退した時の最年少の長瀬も39歳であった。今の所音楽活動も積極的に出来るタイミングでメンバー全員が40代を迎えられたのは2020年11月に最年少の岡田が40歳を迎えたV6のみとなっている。
- V6解散発表前にはJrに定年制を設けることを発表。一見関係ない様に見えるが、これがV6解散発表時にデビュー済グループにも何かしら定年が設けられたと噂される様になった。TOKIOは子会社に社内移籍という形で解散自体は免れたが、今後「メンバー全員40代で解散」や「デビュー25周年で解散」はジンクスではなく必然となる可能性も出て来た。
- 編集者の憶測と25年目以下にもいえる話ではあるが、シングルは発売しており、充分なストックがあるにもかかわらずアルバムを中々出さない場合もかなり危険。V6は毎年シングルは発売していたもののアルバムは2017年を最後に発売していなかった。嵐は毎年1枚はアルバムを発売していたが、活動休止発表前年2018年は発売していなかった。TOKIOも2014年以降はアルバムを発売しておらず、SMAPも解散騒動前最後に出したアルバムは2014年であった。
- ちなみに、ジャニーズグループメンバーは、ほとんどの者が音楽活動と並行して俳優活動やタレント活動も行っており、グループ解散後も俳優としてジャニーズに在籍している者も多い。
歴史
1962年(昭和37年)
4月 真家ひろみ(リーダー)/飯野おさみ/中谷良/青井輝彦(1967年より「あおい輝彦」に改名)でジャニーズ結成。
創業当初は合宿所に入所という制度がなかった。ちなみに、現代もなくなった模様。
1964年(昭和39年)
12月 ジャニーズ『若い涙』でレコードデビュー。
ジャニーズ事務所が創業して初めてのアイドルタレント。
1968年(昭和43年)
9月 フォーリーブス「オリビアの調べ」でレコードデビュー。
1970年(昭和45年)
2番目のグループである「ハイソサエティー」(結成がフォーリーブスより1年早い66年のため)がようやくデビュー。
1975年(昭和50年)
郷ひろみがバーニングプロダクションに移籍。
リトルギャング結成(その後、ギャングス・ANKHへと発展)。
1976年(昭和51年)
10月 ジャニーズ少年団がシングル発売。
1977年(昭和52年)
川崎麻世「ラブ・ショック」でレコードデビュー。
1980年(昭和55年)
6月 田原俊彦「哀愁でいと」でレコードデビュー。
12月 近藤真彦「スニーカーぶる〜す」でレコードデビュー。
1982年(昭和57年)
5月 シブがき隊「NAI・NAI 16」でデビュー。
9月 The-Good-Bye 「気まぐれOne Way Boy」でデビュー( - 90年、その後再結成)。
1985年(昭和60年)
12月 少年隊「仮面舞踏会」でレコードデビュー。
日本でのレコードデビュー時に全米デビューが発表されていたが、デビュー以前から強い人気があったが、デビュー後は日本での活動がさらに忙しくなったため頓挫した。
1987年(昭和62年)
8月 光GENJI「STAR LIGHT」でレコードデビュー。
1988年(昭和63年)
8月 男闘呼組が「Day Break」でデビュー。
11月 シブがき隊解隊。その後、全員退所。
12月 光GENJI「パラダイス銀河」で第30回日本レコード大賞受賞。
1990年(平成2年)
8月 忍者が「お祭り忍者」でデビュー
1991年(平成3年)
9月9日 SMAP「Can't Stop!! -LOVING-」でCDデビュー
1993年
6月 男闘呼組が活動休止(2022年7月に期間限定で活動再開)
1994年
3月 当時所属タレント最年長であった田原俊彦(当時33歳)が事務所を退所。最年長の座を近藤真彦(当時29歳)に譲る。
9月24日 TOKIO「LOVE YOU ONLY」でCDデビュー。
1995年
9月 光GENJI解散
名古屋市総合体育館・レインボーホール(現・日本ガイシホール)が最終公演。公演後解散。V6結成記者会見はその翌日に開かれた。
11月1日 V6「MUSIC FOR THE PEOPLE」でCDデビュー 。
1997年
5月 ジャニーズ専門レーベル「ジャニーズ・エンタテイメント」設立。
7月21日 同レーベルからKinkiKidsが「硝子の少年」でデビュー。
12月 阪神大震災被災者の義務教育支援のため、既存デビュー組に近畿地方出身のメンバーがいるグループ三組を集めたJ-FRIENDSが結成。翌年1月に「明日が聴こえる/Children's Holiday」でデビュー。
同年、忍者が自然消滅。
1999年
9月15日、嵐が米国ハワイ州ホノルル沖のクルーズ客船でCDデビュー記者会見。
同年。
2000年
11月23日 木村拓哉が工藤静香と電撃結婚。当時は社会現象を巻き起こすスーパーアイドルの電撃結婚で文字通り衝撃的であった。その後、心美(長女・2001年5月1日生)、光希(次女、現koki, 2003年2月5日生)が誕生。
2002年
ジャニーズ専門レーベル「J Storm」設立。第1弾はポニーキャニオンから移籍した嵐の「A Day in Our Life」。
9月11日、タッキー&翼がアルバム「HATACHI」でデビュー。
2003年
11月7日 NEWSが「NEWSニッポン」でデビュー。
一般的なCDショップでの販売ではなく、セブンイレブン限定販売という特殊な販売方法を取っている(このため、オリコン集計対象にはならなかったが、50万枚程売れたという報告がある)。
2004年
8月25日 関ジャニ∞が「浪花いろは節」で関西地区限定でCDデビュー。9月22日に同曲で全国デビューを果たした。
2006年
3月22日 KAT-TUNが「Real Face」でデビュー。
シングル「Real Face」、アルバム『Best of KAT-TUN』、DVD『Real Face Film』でトリプルデビュー。
2007年(平成19年)
11月14日 Hey!Say!JUMPが「Ultra Music Power」でCDデビュー。
2011年
8月10日 Kis-My-Ft2が「Everybody Go」でCDデビュー。
11月16日 Sexy Zoneが「Sexy Zone」でCDデビュー。メンバー・マリウス葉は11歳でデビューして、最年少記録を塗り替えた。
2012年
2月1日 A.B.C-Zが「Za ABC~5stars~」でジャニーズ初となるDVDデビュー。
10月31日 中山優馬が「Missing Piece」でCDデビュー。何度かグループでのデビューもしていたが、完全なソロデビューはジャニーズ初。
2013年(平成25年)
12月13日 舞祭組が「棚からぼたもち」でCDデビュー。
デビューしたのに何故かバックダンサーとして活動する後列4人メンバーをKis-My-Ft2派生グループとして中居正広が全面プロデュースでまさかのCDデビュー。デビュー記念イベントまで行った。
2014年
4月23日 ジャニーズWESTが「ええじゃないか」でCDデビュー。
関西ジャニーズJr.からCDデビューしたタレントは関ジャニ∞以来10年振り。
2016年
年明け早々にSMAP解散騒動が発生。事務所内の抗争に巻き込まれてしまい、かねてより生じていたメンバー間の不和が決定的になってしまう。
8月13日深夜に解散を正式発表、12月26日の『SMAP×SMAP』最終回放送をもって5人での最後の仕事を終了。12月31日に解散。
2018年
5月23日、King&Princeが「シンデレラガール」でデビュー。
ジャニー喜多川が生涯最後にデビューさせたグループとなった。
9月13日、兼ねてより活動休止であったタッキー&翼がデビュー日である9月10日に解散したことを発表。年末のカウコンにてラストステージを飾り、滝沢秀明はタレントとしての芸能活動を終了した。
2019年
1月15日、滝沢秀明が東西で約300人いるといわれているジャニーズJr育成・発掘を手掛けるジャニーズアイランド社社長に就任。
1月27日、嵐が2020年12月31日限りで無期限活動休止することを発表した。
7月9日、ジャニー喜多川が逝去。12日には「家族葬」が行われ、事務所所属タレント150名に見送られた。
9月27日、藤島ジュリー景子がジャニーズ事務所の社長に、滝沢秀明は副社長に就任した。
2020年
1月22日、Snow Manは「D.D」で、SixTonesは「Immitation rain」でジャニーズ史上初となる2組同時デビュー。ジャニー喜多川が最後にデビューを決めたグループになった。
7月22日、長瀬智也が2021年3月末でのTOKIOからの脱退と共に関連会社「株式会社TOKIO」設立が発表。(TOKIOに残る3名が、2021年4月1日に移籍)・
12月31日 嵐が無期限活動休止。
2021年
4月30日、事務所所属タレントでは最年長であった近藤真彦が退所。これに伴い、最年長が当時54歳の東山紀之となった。
11月1日 V6解散。同日付で森田剛が退所、ComingCenturyも活動終了。
同月12日 なにわ男子が「初心LOVE」でCDデビュー。
関西発のジャニーズグループがデビューするのはジャニーズWEST以来7年7ヶ月振りであり、これまで慣習であったジャニー喜多川の裁定がない初めてのデビュー組となった。
2022年
10月28日、Travis Japanがデジタルシングル「JUST DANCE!」でジャニーズ初となる全世界メジャーデビュー。
10月31日 滝沢秀明がジャニーズ事務所を退所、それに伴ってグループ会社役員及びジャニーズアイランド社長を退任。ジャニーズアイランド社長後任は元V6で現在は20thCenturyとして活動中の井ノ原快彦。
2023年
9月7日、ジャニー喜多川による性加害問題の責任を取る形でジュリーが社長職を辞任。新社長に東山紀之が就任。副社長を井ノ原快彦が務める。
10月17日、社名を「SMILE-UP.」に変更。
12月8日、マネージメント・エージェント業務を管轄する「STARTO ENTERTAINMENT」が新設・移管。社長には福田淳氏が就任。
問題
公正取引委員会
2019年の新体制発表直後、行政機関である公正取引委員会(公取委)が元SMAPメンバー3名(香取慎吾・稲垣吾郎・草彅剛)に対しジャニーズ事務所がテレビ局側に対し3人を出演させないよう圧力を掛けていた疑いで、独禁法違反(優越的地位乱用)の疑いで注意を行った。
公取委では当時フリーランス労働者への独禁法適用を進めていたという状況もあり、「芸能界も独禁法対象となる」というアピールも含めて注意を行ったという。
公取委が芸能事務所相手に勧告を行ったのはこれが初めてで、加えて同時期には吉本の闇営業問題に伴う独禁法違反と思しき案件も生じていたことから、芸能事務所全社を対象とした一斉調査も実施している。
本件をキッカケに芸能界では個人事務所設立やフリーランスが大ブームとなり、芸能界全般の構造を変えることにもなった。
そして…
ジャニー喜多川性的虐待問題
2023年に発覚した問題。正確には、「発覚」というよりも「注目」というべきであり、ジャニー喜多川の存命時にも何度か告発自体はされていたが大きく報道されることがなく、ジャニーズに不利な情報は大手マスメディアが報道しなかったり、報道された上でなおジャニー喜多川の悪行をのさばらせていた。
そのツケが今回噴出した形となる。問題自体の内容も酷いが、それに対する事務所側の対応は不徹底なものであり、こちらも大きく批判を受けることとなった。
今回、英国公共放送であるBBCを皮切りに、世界的にジャニーズ事務所に対する批判や非難が集中して行われているが、週刊文春を始め一部週刊誌とメディアを除く日本大手メディアは大々的な報道を避けており、旧ジャニーズ事務所対応も、社長が矢面に立っての説明や被害者等に対する謝罪を行なっておらず、ネットを中心に事務所とその周囲を取り巻くメディアに対して日本国民やジャニーズファンの中から非常識な対応を責める声が続出している。挙げ句の果てには近藤真彦でさえ苦言且つ毅然とした態度を取った。
しかし、ジャニーズに対する世間の風当たりは強く、上場企業では半数の32社がジャニーズタレントの契約を更新をしないと公表。サントリーや花王の様にCMを契約したければジャニーズを退所して独立もしくは移籍すべきと主張する企業も現れた。
その後、藤島ジュリー景子氏が謝罪したことで風向きが変わり始め、徐々にではあるがメディアによる報道が積極的に行われ始め、テレビ局でもタレント起用見送りなどの動きが現れる様になった。
そして、責任を取る形でジュリー氏は辞任した。
- 被害者からの告発、関係者や企業反応を含めた詳細については日本語版Wikipediaの「ジャニー喜多川の性的虐待疑惑」の項目を参照。
- 問題の余波は収まることがなく、元所属タレントによる「ジャニーズ性加害問題当事者の会」に所属していた男性が誹謗中傷を受けて自ら命を絶ってしまう事態が発生した。
社名変更・移管
SMILE-UP.
2023年10月2日の会見で発表された現行社名。これまで行っていたタレント育成やマネジメントから完全撤退し、11月から開始される被害者達への補償のみに専念。補償業務完遂と共に廃業・会社清算する見通し。
STARTO ENTERTAINMENT
10月2日の会見で発表。「SMILE-UP.」とは別個の会社として設立される代替の芸能事務所。社名はファンクラブで1ヶ月以内に公募された。
所属タレント個人と契約するエージェント業務を行い、旧ジャニーズ事務所所属タレントはこの新会社と契約することとなるが、希望する場合は直接所属することも可能。2024年3月までに所属タレントに関する業務移管・移籍手続きを一通り完了、「SMILE-UP.」より経営分離させる予定。
代表取締役CEO・社長には、「株式会社スピーディ」社長としてタレントエージェント業に関わってきた福田淳が就任。最高執行責任者COOは井ノ原快彦。
ちなみに
- ジャニーズの好きなタレントにファンレターを出すことは出来るが、プレゼントを同封することは出来なくなってしまった。これにも理由があり、以前は可能であったが、1989年のバレンタインデーに彼ら宛にトラック40台分のチョコが送られて来て、スタッフが焼却してしまいそれにファンが激昂し騒動となったことが原因と言われている。そうでなくても、沢山貰ってもタレントさんが困るだけである。
- ジャニー喜多川社長逝去後の事務所経営体制について、西村博之氏は「大塚家具の時もそうであったけど、無能な人って自分が無能なことを自覚してないんですよ。だから無能な人が社長となったマトモな会社は早く潰れて行くんですよ」「ジャニーさんが優秀過ぎて、ジュリーさん達は自分達が優秀って勘違いしてると思うんですよね」「飯島さんや滝沢くんに任せてたら、SMAPや嵐も上手くやれていたであろうに」と一族によるワンマン経営体制を批判している。
- 実際、彼が例として挙げた大塚家具もお家騒動の影響で最終的にヤマダ電機子会社へと成り下がってしまっており、他にも円谷プロダクションが一時経営困難な時期に陥り、円谷一族を経営より追放することで(小規模とはなってしまったものの、後に親会社を持株会社体制に変更させることに成功)何とか事なきを得たり、フジサンケイグループが週刊文春での遺産問題や山形テレビ再建支援拒否を巡る居座古座に対して鹿内一族をグループより完全永久追放とその後のフジテレビ低俗化(特に鶴瓶の開チンと王シュレットとライブドアとのニッポン放送攻防戦と同じ日に起きた里谷多英のクラブ不倫泥酔事件とあるある大辞典納豆ダイエット事件と芋づる式で発覚した番組捏造と韓流ゴリ押しとセシウムさん騒動とテラスハウス事件)という事例がある。
- 結果、ジャニー喜多川性加害問題を発端としてジャニー・メリー・ジュリーと続いた一族経営が終焉を迎えることとなった。
- Etc…
Pixivでの主な扱い
Pixivでもジャニーズ所属タレントのイラストは多数投稿されているが、肖像権や著作権に厳しい(2018年頃から徐々に緩和はされてきている)ことで知られるので、作品の内容には注意を払うことが望まれる。
特にナマモノ作品は「通報されて逮捕される」くらいの心構えが必要である。
ジャニーズファミリー
※1 退所したが、グループ活動は続ける意向なので、便宜上ここに記載。
※2 退所したが、グループ活動が再開したら続ける意向なので、便宜上ここに記載。
過去の所属アイドル
元ジャニーズも参照。
※1 グループ活動は続ける意向。
※2 グループ活動は再開後に続ける意向。
著名なスタッフ
- ジャニー喜多川(初代代表。2019年7月逝去)
- 藤島ジュリー景子(副社長を経由して2代目社長、前社長の姪)
- メリー喜多川(副社長を経由して会長、前社長の姉)
- 小杉理宇造(顧問)
- 滝沢秀明(元所属タレント、演出家・プロデューサー。関連会社「ジャニーズアイランド」元代表、ジャニーズ事務所元副社長、現在は退所しTOBE取締役)
- サンチェ(専属振付師)
- 飯島三智(元SMAPチーフマネージャー、現在は退所しCULEN取締役)