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プロフィール編集

出身京都府京都市左京区
生年月日1987年7月19日
身長・体重180cm、93kg
投球・打撃右投右打
守備位置捕手
プロ入り2005年高校生ドラフト1位
経歴平安高等学校埼玉西武ライオンズ読売ジャイアンツ東北楽天ゴールデンイーグルス→埼玉西武ライオンズ

経歴編集

地元の高校野球強豪校・平安高校(現・龍谷大平安高校)では捕手・三塁手として活躍した。2005年オフの高校生ドラフトにて、西武ライオンズ(当時)から1位指名されてプロ入り。


2007年以降から「銀仁朗」という登録名に変更し、2009年は涌井秀章と共に最優秀バッテリー賞を受賞。ルーキーイヤーの2006年には同じく高卒ルーキーの涌井と10代同士のバッテリーを組み、話題となった。2011年はFAで抜けた細川亨に代わる正捕手となり、122試合に出場。2012年より登録名を本名に戻している。

2013年に行われた第3回WBCの日本代表メンバーに選出。阿部慎之助相川亮二らの先輩捕手の活躍で、マスクを被る機会はあまりなかった。


森友哉が正捕手として台頭するようになり、出場機会を求め2018年オフにFA宣言し読売ジャイアンツに移籍した。大城卓三小林誠司が正捕手候補として控えている中でのプレーだったが、2・3番手捕手止まり。

2021年7月、本人・原辰徳監督・読売球団でよく話し合った結果、シーズン途中で東北楽天ゴールデンイーグルスへ金銭トレードで移籍。(主に)西武時代の同僚であった岸孝之とバッテリーを組んで、2023年まで楽天でプレーした。同年オフ、若手捕手の牽引役を担うため古巣・埼玉西武ライオンズに復帰。


人物編集

  • ドカベン山田太郎とは、実家が畳店、捕手、高校時代満塁で敬遠された事もあるなど、共通点が多い。
  • 余談ではあるが、「炭谷銀仁朗」という名前の表記をよく間違えられるらしく、2011年、左肩を手術した片岡保幸(易之)に見舞いの花を送ったが、「岸谷銀二朗」という誤字で花が届いてしまった。しかも、炭→岸・仁→二というミスが起こっているのにもかかわらず、一番分かりにくい「朗(一般的な『朗』とは異なる字)」は合っていた。

関連項目編集

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埼玉西武ライオンズ さいたませいぶらいおんず

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