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相川亮二

あいかわりょうじ

千葉県出身のもとプロ野球選手。ポジションは捕手。
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概要

1976年生まれ、千葉県出身。1994年ドラフト5位で横浜ベイスターズに入団。弟は俳優の寿里

入団当初は谷繁元信がレギュラーだったため正捕手の座はすぐにはつかめなかったが、谷繁の移籍後は徐々に定着。2004年にはアテネオリンピック野球日本代表に選ばれるなどの活躍を見せる。2006年にはWBC日本代表に選出、同年から2008年まで横浜の選手会長を務めるなどチームの看板選手として活躍していた。

2008年オフに、メジャー移籍を目指してFA権を行使。しかしメジャー球団との契約がまとまらず、東京ヤクルトスワローズに移籍。スワローズでも変わらず正捕手として活躍。2011年には8月に指を骨折しながらも強行出場を続けた。

2014年オフに2度目のFA権行使で読売ジャイアンツに移籍。阿部慎之助が一塁手転向を示唆していたことによる代わりの正捕手としての活躍が期待されたが、怪我のため(一時的ではあるものの)阿部が正捕手に復帰することになった。2016年以降は若手の小林誠司宇佐見真吾などの台頭もあり、2017年シーズンをもって現役を引退することを表明した。

余談

因みに那須野の際は実況の椎野茂アナウンサーから「相川もおかしいよ!」と言われ、毒舌の巻き添えを食っている。
(実際当時の横浜ファンの中でも、移籍した谷繁の活躍もあってか怒りの矛先を相川に向ける風潮があった模様)

  • 横浜・ヤクルト・巨人と3球団を渡り歩いたが、いずれの球団でも優勝を逃している。
(厳密には横浜は1998年に日本一を決めているものの、相川が一軍にデビューしたのはその翌年である)

WBCにて「世界一」を経験しているものの、日本での「優勝」に縁が無かったことは本人も気にしていたようで、引退後のイベントにて「(巨人は)僕がいなくなったんで、優勝します」と自虐コメントを残した。
(ちなみに翌2018年の巨人はリーグ優勝こそ逃したものの、CSで広島と日本シリーズ出場を賭けて戦うまで行った)

  • 2013年のヤクルト対阪神戦にて、本塁クロスプレーによるマット・マートン(元阪神)のタックルを受け大乱闘に発展、後にこの件が日本のプロ野球における「コリジョンルール」採用に至るきっかけとなったとも言われる。


関連項目

プロ野球選手 プロ野球 引退したプロ野球選手一覧 捕手

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