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鶴岡一成

つるおかかずなり

もとプロ野球選手。現・千葉ロッテマリーンズ2軍バッテリーコーチ。
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経歴編集

兵庫県高砂市出身のもとプロ野球選手。ポジションは捕手。1977年5月30日生まれのA型。


阪神淡路大震災が発生した1995年の甲子園兵庫県代表・神港学園神港高等学校の主将として選手宣誓を行い、準々決勝ではベイスターズでチームメイトであった藤井秀悟を擁する今治西と対戦し、タイムリーを放つなど活躍するも敗退。


1995年、ドラフト会議において、横浜ベイスターズから5巡目に指名され、入団。プロ入り当初は長く2軍生活が続いた。1軍初出場は2000年9月1日の阪神タイガース戦。

2007年、シーズン中、横浜ベイスターズから読売ジャイアンツにトレードで移籍。阿部慎之助の代わりの「二番手捕手」としてチームを支えた。

2011年、オフに横浜DeNAベイスターズにFAで復帰。正捕手として活躍。DeNA在籍時の2013年は自己最多の108試合に出場し、自己最多となる70安打、40打点を記録。この年の先発出場は85試合42勝42敗1分。9月までチームをクライマックスシリーズ争いに加わらせる働きを見せ貢献。


2014年1月、久保康友が国内FA権の行使をしDeNAへ移籍したことに対する人的補償措置として、阪神タイガースへ入団し、故郷の兵庫へ戻ることとなった。この年、4月11日に1軍昇格後はスタメンマスクで10勝1敗と奮闘を見せる。5月27日に右脇腹痛のため、登録抹消。約1ヶ月の2軍生活の後、1軍復帰、呉昇桓とのコンビが光る。9月半ばからは再びスタメンマスクとして活躍、ベテランとして巧みなリードを見せチームを日本シリーズの舞台へ導いた。


2016年のシーズンをもって現役引退。同年オフに千葉ロッテマリーンズの2軍バッテリーコーチに就任。


人物編集

明るく強気な性格のムードメーカー。

試合中には後輩へ叱咤する姿を見せることもあるが、マスコミの前では口が硬いようだ。

好物はいくらの醤油漬けと和菓子。酒も強い。

趣味はゲーム(プレステ)。

なお、髪質は癖の強い天然パーマで、「いくら縮毛しても真っ直ぐにはならない!」とのこと。

集合写真を撮ると何故かよく変顔を見せるなどオーバーリアクションに定評があるが、ヒーローインタビュー等では緊張するとのことで口数が少ない。また、照れ屋でもある。

愛猫にあずきときなこという名前をつけ可愛がる一面も。


記録編集

2013年8月24日には対読売ジャイアンツ19回戦、8回裏に山口鉄也から1打席19球を投げさせる粘りを見せた。この記録はプロ野球タイ記録史上3人目。打撃好調時にはファンから「謎の長打力」と言われたり、しばしば「ツーベースおじさん」と呼ばれることも。


関連項目編集

プロ野球 横浜ベイスターズ横浜DeNAベイスターズ 読売ジャイアンツ 阪神タイガース 引退したプロ野球選手一覧

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