Hyundai Motor Company
ヒョンデ自動車(韓国語:현대자동차(ヒョンデチャドンチャ)、英語:Hyundai Motor Company)とは大韓民国最大の自動車メーカーである。設立は1967年12月29日で、50年以上の歴史を持つ。
軽自動車(韓国ではキョンチャ(경차)と呼ぶ)から大型バス・トラックまで揃える、フルラインナップ自動車メーカーである。
1997年の韓国経済危機で破綻した起亜自動車(キア)を傘下に持ち、「ヒョンデ・キアオートモーティブグループ」を構成している。
設立当初はフォード・モーター欧州部門と提携し、「コーティナ」「グラナダ」といったフォード車のノックダウン生産を行っていたが、1970年代に三菱自動車と技術提携を結び、1975年に三菱の技術協力によって韓国初の国産車「ポニー」を発売した。このポニーはデザインはジウジアーロ、エンジン・プラットフォームは初代ランサーの物をそのまま流用しており、純粋な国産車とはいえなかった。
後に三菱系のプラットフォームを用いて「エクセル」「ソナタ」「グレンジャー」等を発表、低価格を武器に北米や新興国に進出し、シェアを拡大していった。
製品の売りは、欧州人デザイナーの手によるアグレッシブなデザイン、高級感がありながら安い車を提供するコストパフォーマンスの良さである。
またブランド力についても、2010年代以降高級車ブランド『ジェネシス』や高性能ブランド『N』を立ち上げたり、市販車をベースとしたモータースポーツに積極的に関与するなどの取り組みが行われている。
韓国国外からも資本を募っており、外資比率は実に49%という数字となっている(参考までに、サムスンは外資比率60%)。
モータースポーツ
1998年にWRC(世界ラリー選手権)下位カテゴリのFIA 2リッターカップでデビュー。2000年からWRカーで最高クラスに本格参戦を果たすも、組織的紛糾により未勝利のまま2003年のシーズン途中で撤退を余儀なくされた。
2014年、ドイツにモータースポーツ用の子会社を立ち上げて11年ぶりに復帰。この年のラリー・ドイチュランドで早くも初勝利を挙げた。そして2019年と2020年にはマニュファクチャラーズチャンピオンを獲得した。現在はトヨタに匹敵する強豪である。
ツーリングカーレースのWTCR(世界ツーリングカーカップ)にも参戦し、日本のホンダ、中国資本(中身はボルボ)のリンク&コーと並んでアジア最強軍団の一角を成している。
呼称について
社名及びブランド名は「Hyundai」だが、韓国語では「ヒョンデ」と発音するのが正しい。日本ではかつてブランド・法人名共にローマ字読みの「ヒュンダイ」を正式呼称としていたが、現在は「ヒョンデ」を正式呼称と改名している。
英語では「ハンデイ」と発音するのが一般的である。ホンダとは発音・スペル・エンブレムが似ており、アメリカでは『ザ・シンプソンズ』で「ホンダと間違えてヒョンデを買ってしまった」というネタが使われたこともある。
中国語では「現代(シェンタイ)」と発音する。
今後・問題
世界での販売について
全世界の販売台数では、既にホンダや日産を抜いて全メーカー中5位・アジア2位に登り詰めており、更なる躍進が期待されている。
売り上げ高で言えば日産の3分の1以下なのだが、これは早い話が「薄利多売」戦略を採ったためで、スズキなどと同じく廉価な車を新興国に売り込んだ結果(実際「スズキが異常に強い」と言われるインドでその残りをタタと分け合う感じになっており、この3社でインド市場の75%程度を占めている)である。販売台数の多さに対して売上高が妙に低いのもそのためである。
行く末について
ヒョンデがこれまで得意としてきたのは廉価な中型車だが、今後は中国やインドを中心とした新興国で、労働力の安さを武器に廉価な車がどんどん生産されていくこと(例:タタモーターズ)が確実視されているため、現在の戦略が通用しなくなる可能性が高い。
ただし、近年は中国を警戒する気運が世界各地で高まっていることや中国産EVの発火事故が相次いでいることもあり、中国勢が天下を取ることは万に一つもないと思われる。
スズキやVWのように敢えてその中を同じく廉価な車で戦うのか、強豪揃いの高級車市場へ挑戦するのか、あるいは技術力を磨いてハイブリッド・電気自動車などのエコカーにシフトするか、その戦略性が問われている。
ヒョンデのみならず最早先進国の大手自動車メーカー(日米など)は、スズキ・ダイハツなどごく一部を除いて遅かれ早かれ高級車、もしくはエコカー中心の販売戦略に追い込まれることが確実視されており(高級車ブランドへの道を模索して成功した例にアウディ、レクサスがあるが、VWやSAABのように大失敗の例もある)、ヒョンデもご多分に漏れずその波に揉まれている状態なのだ。
そして、ヒョンデも高級ブランド「ジェネシス」を立ち上げて高級路線へ参入しており、2019年1月に発表された北米カー・オブ・ザ・イヤーをジェネシス「G70」が獲得するなど、徐々に存在感を見せ始めている。
ちなみに海外で薄利多売をしている裏で、本国である韓国ではヒョンデ・キアグループだけで75%以上のシェアを独占しているのをいいことに(韓国では輸入車には高い関税が掛かっていることもある)、海外で販売するよりも高い価格で車を売りつけるという、いわば自国民からの搾取(ダンピング)を行っていると批判される。
一例を挙げると、主力車種の「ソナタ」がアメリカで(日本円換算で)200万円程度(日本仕様車も200~300万円前後の価格帯であった)の価格なのに対して、韓国では300万円。つまり、自国における独占的なシェアを利用して国内市場で獲得した利益を活用し、海外で薄利多売することでシェアを獲得しているのだ。
この売り方に対して韓国内では批判が強く、ヒョンデ車を海外から輸入するという本末転倒な買い方に臨んだ者もいる。
(一応この現象は50万円程度までなら他メーカー車でもたまに見られ、国内車には輸出用車に設定されていない装備が加えられる事例もあることが関係しているのかも知れないが、ここまで露骨なダンピングを行なっているのはヒョンデぐらいである)
今後は米韓FTA締結によって「アメリカ製日本車」も関税軽減(将来的には撤廃)されることになり、このようなビジネスモデルもやがて崩壊するといわれている。
世界最悪レベルの労使問題
ヒョンデは韓国企業の中でも随一労働組合の力が強く、「ストのヒョンデ」と言われるほど毎年のようにストライキが起こることで有名。
この労組さえいなければ、今よりかなり大規模な企業に成長していたかもしれない。ヒョンデにとって労組との衝突はそれほど大きな悩みの種であり、成長を阻害する最大の原因とも言われる。
中には火炎瓶まで持ち出すという説もあり、この労組はかなり危険な集団と言えよう。
とは言え、労使闘争が行われること自体は悪いことではなく、労働者が言いなりになっていないという意味ではある意味健全と言えなくもない。
しかしストライキのせいで競争力が弱まっているのは事実であり、2006年には韓国内でのシェアトップを韓国GM(旧:テウ)に一時奪われた上、2007年にはそれまで3位だった中国市場でのシェアが6位に転落している(2009年では7位)。
(日本の日産にも、労組の反対のせいで懸案の海外進出が実現できなくなっていたなど似たようなケースがあったが、これは当時の川又社長とワンマン委員長率いる労組の過剰な協力関係という正反対のケースが原因であり、労組(というか委員長個人)と癒着していた社長が退任し、後任者の石原俊社長が委員長を強引にクビにしたことで解決した)
このままではあの番組収録中に決まってバカにピアノを落とされるあのメーカーをはじめとした今や完全に崩壊してしまった英国自動車産業の轍を踏んでしまう危険性があるので早期の解決が求められる。
因みにあの番組はヒョンデの車を酷評していた事がある。
日本市場でのヒョンデ
日本市場には2001年に韓国本社100%出資の日本販売法人、ヒョンデモータージャパンにより正規輸入が開始。「ヒュンダイを知らないのは日本だけかもしれない」(※当時の呼称に倣い)などの強気なキャッチフレーズで殴り込みをかけ(CMに小倉優子やペ・ヨンジュンを起用したり「とりかえっこキャンペーン」(※早い話が長期試乗プログラム)や「10年10万km保証」などをやっていたが、日本市場は手強かったようで販売台数は常に低迷していた。 ピーク時でも年間2500台程度、酷い時には年間500台程度しか売れなかった。
原因としては国産車の層が極めて厚いことや輸入車市場も既に欧州車(主にフランス、イタリア、ドイツ)に占拠されており、後発の韓国車が入り込むにはかり無理がある状況だったことが挙げられる。他にも...
広報活動の不足
先述のように衝撃的なキャンペーン自体は結構やっていたのだが、インパクトが無いわけがない「10年10万km保証」は自サイト以外ではまったく広報が行われておらず、TVCMを流さないどころか大元のCMデータさえ作られていなかったようである。(後に国産車が同様のキャンペーンをやったときは各車種のCMにちょこちょこ組み込むなどかなり派手に押し出していた。ちなみにそのメーカーとは皮肉なことに、ヒョンデの育ての親ともいえる三菱自動車である。)
それどころか地元の販売ディーラーが打つ広告の方が多かったという事態さえ存在していた。
左ハンドル車がなかった
韓国は左ハンドルの国である。その韓国のメーカーでありながら、正規輸入車は全車右ハンドルであり左ハンドルの設定がなかった。確かにウィンカー位置の変更など日本市場に向けたローカライズは行われていたのだが、一方で左ハンドルを導入しないことに対する疑問も見られた。
ちなみに、ソウルオリンピック記念と題して三菱商事が150台限定で輸入・カープラザ店が販売したエクセルは左ハンドルだった。何故HMJは左ハンを入れなかったんだ。
販売・サービス拠点の(見かけ上の)不足
このように書いたが、輸入車で問題となりがちな販売拠点に関しては、実は決して少なくはなかった。少なくとも本格販売開始直後は1県に1店舗以上の割合で拠点は存在しており輸入車としては平均的な数であった上、実際の販売・サービス拠点は都市圏でないにもかかわらず1県で10カ所程度存在したケースもあった。これは既存の国産車ディーラー(とにかく三菱ディーラー系は多かった。実際、四国4県に存在したヒョンデディーラーは全て三菱系であった。他にも兵庫、九州の一部地域、鳥取なども該当する)が運営する販売店がメインの販売店を核にしグループ他店でも販売やアフターサービスを行うケースも多々あったためで、実際の販売・サービス拠点はHMJが言うよりも遙かに多かったと推測される。それを活かしきれなかったのは戦略ミスと言えるだろう。
単純に凌駕された
ヒョンデがTBを投入した当時の日本は小型車販売戦国時代で、その頃は既にTBよりも優れていた国産車が販売されていた。
因みにTBは投入当時の2002年10月の販売価格が約90万円、対して2000年から既に売られていたスイフト(初代)は約80万円である。
タイミングの悪さもあるが、安さ的にも性能的にもアフターサービス的にも、戦いの土俵にすら上がれていなかった。
「ヒョンデを知らないのは日本だけかもしれない」
「それは日本がヒョンデを知る意味がなかったからかもしれない」
一方でその希少性から愛好家も多い。
撤退…再起を誓って研究
結局2009年度をもって大型観光バス「ユニバース」の正式販売(2008年に神奈川県の杉崎観光バスと鹿児島県のいわさきグループが先行導入)と入れ替わる形で日本の乗用車市場からは完全に撤退し、今後はビジネスカーに特化した戦略を採るものと思われた。
一方乗用車メーカーとしては撤退したことから今後の部品供給やメンテナンス体制で不安が残るのは想像に難くない。が、撤退から4年近く経った2013年7月15日現在でもサービス拠点数は撤退当時の水準をほぼ維持している。また、2012-13年に計3回、「オーナーケアキャンペーン」(消耗品(2013年6月の場合はエアコンフィルター/エンジンオイル)無料交換、各部無料点検)を行っている。
撤退後も「現代起亜・技術研究所」を印西市に残し、日本車について日々研究を続けていた。
(2013年に横浜市に研究拠点を移した模様)
日本復帰
そんなわけで散々に終わった日本上陸であったが、長い時を経て2022年に日本市場へと再上陸。
イメージキャラクターにグルーバルスターとなった韓国のアイドルグループ「BTS(防弾少年団)」を起用。
正規ディーラーを介さないオンライン販売のみに絞ってリベンジを図った。
今度はガソリンエンジン車は一切販売せず、燃料電池車と電気自動車に絞り込んでエコでクリーンなブランドとして戦略を展開、更に読み方も「ヒュンダイ」から韓国語読みの「ヒョンデ」に変更された。
他国のメーカーがEV技術を磨いている中、どれだけ売り上げられるのかは未知数だが、爆発したり勝手に動き出したりといった風に、ヒョンデ車そのものが原因の事故が日本で多発しない限りはイメージダウンする事はないだろう。
ちなみに同社の電気自動車は、日本市場では京都市の企業であるMKタクシーが大量導入したことで知られている。
実はMKタクシーの創設者である青木定雄ことユ・ボンシクは韓国だと「日本でMKタクシー神話作った在日韓国人企業家」と称される有名人であり、韓国政府から国民勲章無窮花賞を受けた事がある。(国民勲章の中で無窮花賞は最高位の一等に位置する)
車種
※加筆中です。
~1500cc
i10(グランドi10)(グランドi10二オス)(i10セダン)(オーラ)(エクセント)
1500~2000cc
アルカザール(グランドクレタ)(クレタグランド)(カンタスLUX)
2000~3500cc
3500cc OVER
エクウス(センテニアル/ジェネシスプレステージ)(※初代は共同開発。三菱名プラウディア/ディグニティ。)
アントラージュ(起亜・グランドカーニバルのヒョンデ仕様)
電気自動車
その他
ビジネスカー
ジェネシスブランド
販売予定の車種
IONIQ5N