概要
2020年1月に発表されると同時に予約を開始。同年9月から発売された。
ベースとなった5ドアのヤリスは後部座席の居住性を完全に捨てたり、6速MTをFF・1500ccの全グレードに用意するなどスポーツカーの要素が濃く出ているにもかかわらず、トヨタ側があくまでも「コンパクトカーです(。決してスポーツカーではありません)が、何か?」と主張しているのに対し、こちらは「BORN FROM WRC」というキャッチコピーの通り、WRCのホモロゲーションモデルとして開発されたマジキチでリアルガチなスポーツカー。
その意気込みは特設サイトからも滲み出ており、『市販車を叩き台として競技車両を開発する』のが一般的なレーシングカーやラリーカーなのに対し、この車は『競技車両を基準として市販車を開発する』という全く逆のアプローチを取っている。
2012年のスポーツカーへの再参入以来販売を行ってきた86やGRスープラに関しては人様(スバルとBMW)からエンジンやプラットホームを融通してもらった上で開発するという採算の鬼っぷりを見せたトヨタが、GRヤリスについては(ヤリスを始めとする自社の多彩なコンポーネントがあったとは言え)完全自社開発にするという豹変ぶりではないだろうか。(それでも独立車系でありながら採算は取れる計算で生産しているのだから畏れ入る。)
かつて2017年の「GR」ブランド発表時は「TRDと何が違うんだ」(実際レギュラーモデルの純正エアロパーツにTRDの名称が使われていた)「NISMOやMUGENの後追い」、GRスープラが登場したときは「結局BMW製」「トヨタにスポーツカーは作れない」というシラけた空気が常に車好き界隈に漂っていたが、このGRヤリスの登場でそうした陰鬱な空気は全部ぶっ飛ばされた。
そういう意味ではGRブランドを真に確立させた一台と言えるだろう。
メカニズム
プラットフォームは前半分がヤリスと同じGA-B、後ろ半分にカローラスポーツなどと同じGA-Cを使用。
ボディはヤリスとは別の専用設計となっており、3ドアに2+2シーターである。
全高が60mm(4WDの数値)も低く、ブリスター化されたフェンダーアーチにより攻撃力溢れるマッシブなスタイリングをしている(その代わり、5ナンバーサイズだったヤリスより全幅が広くなったことから3ナンバーサイズになる)。
ボンネットやドアパネルのアルミ合金化やカーボンルーフで軽量化を図っている。
内装はほぼヤリスと変わりなく、安全装備や快適装備などはヤリスと同等に装備される(RZ・RZ"High Performance"に限り、ヤリスにないJBLのノイズキャンセル機能つきオーディオシステムをメーカーオプションとして選べる)。パーキングブレーキはRSが電動式、RZ系はステッキタイプのハンドブレーキ。ヤリス同様ディスプレイオーディオを(競技用グレード以外に)標準装備しているため、カーナビは市販の物は搭載できず、ディーラーオプションのナビを搭載するオプションも用意されない(ヤリスとヤリスクロスには最廉価グレードにのみ、ディスプレイオーディオを省略しディーラーオプションのカーナビを載せるためのパッケージオプションがある)。
エンジンは272馬力を発生する1600ccの3気筒シングルターボ『G16E-GTS』を搭載。
これはTNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)の一つとして開発されたダイナミックフォースエンジンのスポーツモデルであり、製造過程でどうしても発生してしまう部品重量の誤差を、同等の重量のパーツ同士を組み合わせてエンジンを組み立てることでエンジン単位での性能差を限りなくゼロにしている。
駆動系はトヨタがセリカGT-FOUR以来20数年ぶりに開発したモータースポーツ向け4WDの『GR-FOUR』システムで、四輪のトルク配分をスイッチで3種類から選んで走ることができる。
変速機は国内ではカローラスポーツ以来採用が続いているエンジン回転数自動調節機能付きの『iMT(6速)』を採用している。
競技参加前提のグレードも存在する。オーディオ類を始めとする快適装備を一部省略したものであり、当然ながら快適装備の1つであるエアコンは非装備(ヒーターのみ)になっているが、流石に86の前期型でやり過ぎたという認識があったのかメーカーオプションでエアコンを搭載できるようになっている。
その一方で、ベースのヤリスと同じ1500ccノーマルガソリンエンジン搭載、FF、CVTモデルのRSも用意されている。
気軽にGRヤリスの走りを楽しんでもらうためのモデルとしてはいるのだが、WRCのホモロゲーションを得るための販売台数稼ぎの設定でもある。上述通りベースのヤリスとはプラットフォームを異にするため、そちらの分はホモロゲーションの対象として認めてもらえないためだ。
しかし車体はタワーバー取り付け用ボルトを撤去した程度でRZと同じ構造で構成され(カーボンルーフも各種アルミパネルもそのまま)、後輪へ向かう駆動パーツが削除された恩恵で100kgほど車重が軽くなり、先代ヴィッツGRで熟成の進んだ10速変速モード付きCVTも手伝って意外にも評判が良かったりする。
なお、2022年にひっそりと追加されたRS Light PackageはRSをベースにホイールを鍛造アルミに変更、制振材やスタビライザーの省略などで20kgほど軽量化されている(その分快適性は犠牲になっている)。完全に競技車両のベースとして開発されているRCほど過激ではないものの、競技向けのグレードとなる。
…が、それはそれとしてRCにもLight Packageがラインナップ。
エンジンには冷却ダクトを備えリアクォーターガラスとリアガラスやフロントシートは軽量の専用品。
加えてリアシートもリアスポイラーもエアコンもリアゲートダンパーも省略、果ては塗装(しかもサビ止めED塗装を含む)すらオプション扱いで基本仕様は鉄板むき出しのままという市販乗用車とは思えない狂気の競技ベースモデルである。
2024年モデル
2024年の東京オートサロンで、マイナーチェンジが行われたGRヤリスのプロトタイプが登場。
トルクを400Nm、エンジン出力を304psに向上。ヤリスとあまり違いのなかった運転席周りを大規模に刷新し、ドライバーから手の届く範囲にスイッチやレバー類を集約。ドライビングポジションがやや高いとの声があったことからプラットフォームに手を入れて25mm下げ、それに合わせステアリングの位置を再調整している。センターコンソールも15度ほど運転席側に傾けられた。装飾の類はほとんどなく、そこにあるのは機能美から美すら削ぎ落した、純粋な機能性だけである。
特筆すべきは開発の進んでいた8ATがGR-DATとして正式採用。RZ"High Performance"にはトルセンLSDが設定されるほか、ATFクーラーを標準搭載。さらに冷却性能を強化するパッケージもオプション設定される。シフトレバーの位置は6MTモデルと合わせてある(CVTモデルより高い)。マニュアルモード時のシフト操作は従来「押してアップ、引いてダウン」だったものを競技用のシーケンシャルシフトに合わせて逆に設定された(以前から要望の多かったものであるが)。また、8ATモデルも引き続き電動パーキングブレーキは搭載せず、モータースポーツでの車両コントロールにも使えるよう手動のステッキ式を継続する。
そのハンドブレーキだが、RCグレードにおいては本格的なラリーカーやドリ車に装着されているような、ハンドルのすぐ脇から縦にそびえるタイプのレバーがオプション設定され、ファンの度肝を抜いた。この設定にはモリゾウこと会長が関わっており、やろうと思えば旧型のGRヤリスやメーカーオプションとしての設定がないRZ"High Performance"にもつけられるのだそう(パーキングブレーキそのものは部品として取り寄せることができるが、旧型ではコンソール周りのレールの形状が違うため、部品を自分で作らなければならない)。
エクステリアも競技ユースを意識した改良が施された。破損やウイングの取り付けを考慮して後部灯火類のすべてをガーニッシュに集中させた(これには他に「夜中は普通のヤリスと見た目が変わらない」という不満の声があったため、という理由もあるのだそう)他、ラリーにおいて(というか勝田範彦が)フロントバンパー下部を擦ることや開発ドライバー(トヨタ副会長)もバンパーの隅を擦って壊すことが多く、プロでもアマでも結局壊しやすいパーツということから分割式にして壊れた部分だけを交換可能な造りにして交換費用を安く抑えられるようにする、開口部のメッシュは割れることが多く金網を仕込むチームが多かったのを受けて最初から金網にするという完全に競技本位っぷり。
モータースポーツの現場でGRヤリスを使用しているチームに聞き取りを行った上での改良であり、実際にトヨタのスタッフから「我々はスポーツカーを造ったことがないので現場の声が必要」と言われたという証言もある。
「壊してくれてありがとう」という合言葉が示す通り、「BORN FROM WRC」から現場を通じてさらに鍛え上げられたわけである。
なお、GR-DATモデルの追加でAT限定でも乗れるようになったこととWRCのホモロゲーションが取れたことから、ヤリスとメカニズムを共有するRSは設定がなくなった。
アップデートプラン
"GRヤリスは販売開始しても改良を続ける"という開発サイドの宣言通り、2022年にはGRヤリス向けに性能を向上させる「アップデートプログラム」のサービスを開始。最高トルクを20Nm アップの390Nmに向上し、併せてトルクカーブも改善させる。
アップデートプログラムを実施した車両には更に「パーソナライズプログラム」を受けることが可能となり、「アクセルレスポンス・4WD駆動配分・ステアリングアシストからなる27通りの組み合わせ」から専門コンサルタントとのコンサルティング結果に応じてセッティング変更、またはイベント会場によるデータ解析を基にしたセッティング変更を受けられる。
サーキットモード
2024年モデルからレクサス・LBXと共に追加実装される新機能。
日産・GT-Rやホンダ・FL5型シビックタイプRと同様にGPSを利用して特定のサーキット内で設定できるシステムで、専用アプリから「スピードリミッターカット」「冷却ファン最大作動」「シフトタイミングインジケーター表示」の他、「アンチラグの作動」を設定可能。
アンチラグはターボチャージャーの回転数低下による過給遅延を抑制するシステムで、かつてのグループAにおいては技術規則により後付搭載ができなかったため、グループAラリーカーの市販仕様にも搭載されていたことがある。(市販状態では作動しないように設定されている。)
この発表により2024年仕様のGRヤリスはベースカーが自由なRally1規則と逆行するように、グループAの車両規則に回帰していく独自路線を突き進む形となった。
モータースポーツ
日本のカーレースカテゴリーの一つであるスーパー耐久(ST-2クラス)に2020年シーズンから参戦しているが、そのシーズンの初戦となった9月の富士24時間レースでいきなりポールポジションを獲得、そのままクラス優勝を果たす。しかも社長から、「(これの弱点・問題点を見つけるためにも)壊せ」と言われたにもかかわらず、これといったトラブルもなく完走、ポール・トゥ・ウィンを成し遂げたのだ。ちなみにドライバーの一員として、その社長も参加していたという。社長なにやってんすか。
その翌年以降は同車でフルエントリー・スポット参戦するチームも増えており、サーキットでの性能も抜かりないことが証明された格好となった。
同レースのカテゴリではランサーエボリューションやWRX STIがライバルとなり、ライバルより小排気量・パワーが低めということで最高速は一歩譲る代わりに、ボディサイズが小さいことからコーナリングスピードが速いことがアドバンテージとなっている。
その後はダートトライアルや国内外のラリーにも採用するチームも多数出ており、全日本ラリー選手権においてはCVTグレードのRSを競技車に仕立てて参戦するチームも現れている。
ただ肝心要のWRCに関しては、コロナウイルス禍の影響で充分な試験が出来なかった、と言う理由から、当初予定していた2021年シーズンからの参加を断念した。
しかも2022年以降はWRCの車両規定が変更され、これが参加するはずだったWRカー規定は廃止、代わりに設定されるラリー1規定は、指定のハイブリッドシステムさえ積めば何でもありなスタイルになるため、結果、発表当初のスタイルでの参加は事実上絶たれた。
ただし規則上、フロントセクションやルーフラインなどベース車から変更できない要素ではGRヤリスの外観が戦闘力へプラスに働いている。
しかも参加初年の2022年シーズンに、いきなりマニュファクチャラーズチャンピオンとドライバーズチャンピオンの2冠を達成してしまった。そして2023年もまたマニュファクチャラーズチャンピオンとドライバーズチャンピオンを獲得している。2024年に関してはドライバーズチャンピオンは逃したもののマニュファクチャラーズチャンピオンは獲得している。
この他、アジアパシフィックラリー選手権で採用されているAP4規定を元に開発された「GRヤリス AP4」が同選手権に参戦、WRC2022最終戦・ラリージャパンの岡崎スーパーSSにて下位クラス・WRCにて採用されるラリー2規定に準じた「GRヤリス ラリー2」のコンセプトモデルが世界初公開されデモランを行っている。
このラリー2規定の車両は2023年シーズンを通して開発が行われ、2024年のWRC開幕戦モンテカルロからデビューする。
計画当初からプロセスは変わってしまったが「世界最高峰への挑戦」と「市販車から造られた競技車両をラリーに送り出す」という目標は、登場から足掛け2年を経て実現することとなった。
余談
- 車両そのものが頑丈なことは上記の通りだがエンジン単体も非常に優秀で、正味平均有効圧力が28.7バールと高く(それまで高圧だったスバルWRX STI搭載のEJ20でさえ26.6バール)、世界最高レベルの高出力3気筒エンジンとして知られる。
- エンジンの耐久性は筋金入りで、チューニングパーツメーカー・HKSが性能限界を探るために「エンジンには一切手を加えずタービン交換のみ・ブースト圧2.3キロを掛けて450psまで発生させる」という手法を採ったにもかかわらず、エンジンに損傷が発生せず開発者を驚かせた。馬力を引き上げて損傷が発生した箇所を強化する部品を開発するはずが、肝心のエンジンは全く壊れる様子がなかった為、やむを得ずHKSはエンジンには手を付けずに開発を進める羽目になってしまったという。
- 当然ながら車両開発をしたトヨタも同エンジンの性能を追求しているようで、スーパー耐久初参戦の翌年には世界初の水素燃料によるレース用エンジンとしてGRヤリス用のG16E-GTEが採用された。水素燃料を噴射するシステム以外は量産エンジンのまま採用。初出場の富士24時間耐久では1600km走行してエンジン本体はノートラブルで完走を果たしている。その後も出場を重ねる度に開発が進行し、最終的にはGRヤリスを上回る300馬力させ、モニタリング用装備や重量のあるカローラスポーツの車体を採用するなど決して競技向けの車両ではないが、同門のトヨタ・86の競技車両と同等のラップタイムを刻めるほどになっている。
- 2022年シーズンには上記水素エンジン車に加え、ショートストローク化で1.4Lに小排気量化されたエンジンをGR86に搭載し、カーボンニュートラル燃料で走行させる開発車両を参戦させている。
- オープンホイールのスーパーフォーミュラ・ライツにおいてそれまでマルチメイクだったエンジンも、2024年シーズンからG16E-GTSをベースとしたトムス製ワンメイクエンジン「TGE33」として採用されている。
- 大衆車としては相当尖ったパッケージでありながらディスプレイオーディオなどコネクティッド技術を盛り込んだこともあり、自動ブレーキシステムやレーダークルーズコントロールなどの先進安全技術を搭載可能な車種である。
- そこまでなら特段珍しい話ではないのだが、この車においては「全グレード先進安全装備がオプションで設定(=標準装備ではない)」で発売されている。車両制御にまで介入する先進安全技術はそれ単体で独立させることは難しいのだが、それを敢えて選択制にさせたことでユーザーの改造範囲を広く取ることが出来ているのだ。
- トヨタのサブスクサービス「KINTO」でも乗れる。KINTO専用車は特別仕様「モリゾウセレクション」になっていて、サスペンションの塗装が違う、モリゾウのサインが入っているといった見た目の違いだけでなく、一部アップデートプログラムを無償で受けられるなど特別仕様となっている。
- 販売当初、トップグレードであるRZにはAT仕様車が無かったためAT限定免許では乗れなかった。ただトヨタも気軽に乗ってもらえるよう専用のスポーツATの開発を進めており、8ATのGR-DATとして2024年モデルから搭載される。開発ドライバーとして会長のほか副会長の早川茂が参加している。
GRMNヤリス
…と、ここまででも十分に強烈なスポーツカーだったのだが、さらにスポーツカーとしてのチューニング度合いを強化したGRMNヤリスが2022年東京オートサロンで発表された。2022年7月に500台限定で販売、限定色として「マットスティール」を50台限定で販売。
ルーフのみに採用していたカーボン材をボンネット・テールスポイラーにも投入、LSD・クラッチ・クロスミッション&ファイナルギアをGRパーツ専用品に変更。シートはレカロ製フルバケットシートが採用され、後部座席は軽量化と競技向けとするべく撤去、その代わりに剛性を強化するためリアラゲッジにブレースが追加。ただでさえ強靭なモノコックにも500点以上のスポット溶接の増し打ちや接着剤使用範囲を拡大。エンジンはベース車から最大トルクを20Nm向上させた。
この他、オプションで選択できるサーキットパッケージでは専用アルミホイールとビルシュタイン製ダンパーが、販売店オプションとなるラリーパッケージではサイドバー付きロールケージが搭載される。
またアップデートプログラムを用意する他、納車前にオーナーの運転技術に合わせたハード・ソフト両面からの最適化サービス「パーソナライズプログラム」も設定されている。
ただしKINTOモリゾウセレクションとは異なり有償となっている。
関連項目
インプレッサWRX STI(3代目):(精神的な)プロトタイプ。モリゾウが用意したこの車を参考に開発が開始された(CMでモリゾウ自ら乗り回していたこともある)。
GRカローラ:遅れてやって来た(広義的な)姉妹車。開発手法や動力源の多くはGRヤリスから継承される。
レクサス・LBX:レクサスのある意味姉妹車。メカニズムを2024年モデルと共有する「MORIZO RR」が設定されている。