はじめに
一般的な三輪車やリカンベント(仰向け搭乗型自転車)、ハンドサイクル(手漕ぎ式自転車)の多くが前輪駆動であるが、本項ではもっぱら自動車(四輪車)のFF方式を取り上げる事にする。
四輪自動車のFF方式
【補足】本記事では特に必要なき限り、フロントエンジン・フロントドライブを「FF」、フロントエンジン・リアドライブを「FR」と表記する。
Front Engine Front Drive(フロントエンジン・フロントドライブ)の略称。エンジン(とトランスミッション)を車体の前部ボンネット内に搭載して、前輪を駆動する仕組みである。
現在の中・小型の大衆車やミニバンの大半、商用車の一部などで主流となっている。高級車ブランドのエントリーモデルでも採用例は多いが、価格が高く車体が大きくなるにつれて採用車種は少なくなっていく。
また中型以上のバスやトラックについても、高馬力エンジンの必要性や搭載する人員貨物の重量バランスなどの問題からほとんど採用されない。
「パワートレイン一式(エンジン・トランスミッション・ドライブシャフトなど)を全部前方にまとめたほうが空間効率は良い」「前輪で引っ張ったほうが直進安定性が良い」という発想自体はかなり昔からあり、数々の試行錯誤が行われていた。
しかし駆動と操舵を一つの車軸に兼ねさせるには前輪やハンドル周辺部の負担が大きいという技術上の困難があった事から、FRやRRなどの後輪駆動方式と比べて普及は一足遅れた。
唯一シトロエンはこの方式を戦前から多くのラインナップにFF車を展開する、数少ない存在であった。同社のトラクシオン・アバンや2CVは一廉の評価を得たが、FF車に不可欠な等速ジョイント(2つの継手に角度がついても、回転数のほとんど変わらない自在継手)の技術はまだまだ未熟であり、他社には広まらなかった。
1950年代末にミニ(BMC)が、横置きエンジンとトランスミッションを上下二段に纏める「イシゴニス式」を採用し、これに精度の高い等速ジョイントを組み合わせた。この結果FFのメリットを最大限に利用し、小さくても大人4人が乗れてパワーもある車両を開発できるようになり、FF技術のブレイクスルーが始まった。
そして1960年代にフィアットが開発した、横置きエンジンとトランスミッションを直結して横に並べる「ジアコーサ方式」と呼ばれるレイアウトが決定打となり、以降は世界中の大衆車に普及することになる。
日本では本田技研工業(ホンダ)が、創業者・本田宗一郎の「MM思想」(マンマキシムメカミニマム=人のためのスペースは最大に、メカニズムは最小に)に沿って、古くからFFに強いこだわりを見せており、宗一郎の引退後もスポーツカーや大型セダンなどでも積極的にFFレイアウトを採用した。
またSUBARUの代名詞・縦置き水平対向エンジンは、今でこそAWDとワンセットと巷では思われているが、元々は独自性の高いFF車を開発するために採用していた。
左右のドライブシャフトをほぼ同一の長さにできるため、当時の日本の未熟だった等速ジョイント技術をカバーするのにもってこいだった。そうして生まれた名車がスバル1000である。
競技では前輪が駆動と操舵を兼ねる分、後輪をバランス良く使えないため、FR車に対して不利とされる。これは馬力が大きいほど顕著だが、逆に低馬力であればあるほどFFの方が速いケースは増える(頭文字Dのシビック遣い二宮大輝が「このクラスではFRよりFFの方が速いってことは…今や常識だからな…!!」と言っている通りである)。これはFRがドライブシャフトを必要とする関係上、FFよりも重量と駆動損失が大きくなり、馬力が小さいほどその悪影響も大きくなるためである。
またFFの方が悪路ではトラクションをかけやすく、直進安定性が高いのも強みで、実際にラリーの二輪駆動クラスでは、FR専用クラス以外はほぼFFが占めている。
特性
前輪駆動と4輪駆動を切り替える方式は含まない。
主な長所
- FRと違い、プロペラシャフトを客室に貫通する必要がない。
- 後輪のサスペンションや車軸機構を簡素化できる。
- エンジンを小型化しやすい事から小型車の製造に向いている。
- 前輪で車体を引く形となるため、基本的に直進性に優れる。
- 荷重が前輪に集中してトラクションが効くため、FRと比べると駆動輪が未舗装路や雪道で横滑りしにくい。
- 現代の技術においては生産コストを抑えやすく、廉価車の量産に向いている。
- FRよりプロペラシャフトを短縮・省略でき、駆動ロスおよび重量減少分、燃費に優れる。
主な短所
- 前輪に大きく荷重と負担がかかり、タイヤとブレーキ系統の摩耗が激しい。
- 強力なエンジンと駆動力の高い伝達効率(と最上級の快適性)の確保が困難で、高級車や本格的なオフロード仕様車でFFを採用する車種は少ない。
- 直列6気筒のような全長の長いエンジンの搭載には不向き。
- エンジンルーム内に変速機も同居するために狭くなり、他の補機類の配置が難しくなる。
- 前輪の切れ角を大きくできないため、最小回転半径が大きめになり、小回りがきかない車になりがち。
- 速度を上げすぎると、特に急カーブにおいて、ハンドルをカーブの方向へ切っても外側に膨らんでしまい曲がり切れない(アンダーステア)。反対にハンドルを切って旋回中にアクセルを戻すと内側に急激に切れ込む(タックイン)。(ただし、この特性を熟知していればアンダーステアとタックインを利用して、連続するカーブを速く安定して走り抜ける事が可能)
- 駆動配置効率の悪さから加減速がしづらい。
- 急な上り坂では駆動輪に荷重がかかりづらく、登坂性能がFRより劣る。下り坂では平地以上に前輪に負荷がかかる。
- フロント側に重量が集中しているため…、
- 倒木や穴のくぼみ、ぬかるみなどにはまって前輪が浮き上がる(=駆動力が伝わらない)と脱出しづらくなる。
- 出力の大きい横置きエンジンのFF車は走行中、ハンドルをまっすぐにしていても勝手に車が曲がっていく「トルクステア」が発生することがある。左右のドライブシャフトの長さが異なることで、駆動力に偏りが出てしまうため。
- FFでも縦置きエンジンの場合はドライブシャフトを左右均等にしやすく、トルクステアを容易に抑えられる。