概要
クランクシャフトを挟んでシリンダーを配置し、対になるピストンが向かい合うように上昇・下降を行うエンジン。
クランクシャフトの位相角は180°で、対の気筒同士が振動を打ち消しあう。ピストンの動きがボクサーがグローブを打ち合わせるところに似ているため、「ボクサーエンジン」ともいわれている。
また、エンジンの形状が横に広く、基本的に平らなので、フラットエンジンともいわれる(後述する180°V型エンジンも同様にフラットエンジンと呼ばれることがある)。
設計の自由度や燃焼効率、整備性など多くの面で不利が多く、現在では採用例は少なくなったものの、独特の味があるため車/バイクを趣味とする人々からは常に一定の支持を得ている。
普及の状況
水平対向エンジンはエンジンの振動バランスと車体重量バランスに優れ、空冷形式との相性が良いため、過去にはメーカー問わず幅広く四輪の大衆車に採用され、気動車の床下に配置する目的で鉄道用に開発された事もあった。しかし現在では多くのメーカーは低コストかつ設計の自由度が高い(車体を小さくできる、ロングストローク化して燃費を向上させやすいなど)直列エンジンに移行しており、製造しているのはポルシェとスバルのみである。
特にスバルが自社製造するエンジン車は水平対向のみとなっており、『Proud Of Boxer』を標榜するほどのアイデンティティとなっている。また水平対向エンジンの特性を活かした4WD機構でも知られる。
二輪車ではもっぱらBMWのイメージで、水平対向2気筒エンジンは戦前からずっと続いている伝統のスタイルである。左右に突出したシリンダーが非常に特徴的であり、BMW製バイクのアイデンティティと言える。
またホンダでもゴールドウイングが水平対向6気筒を採用している。
種類
水平対向2気筒……自動車用ではシトロエンの2CVやトヨタのパブリカ、スポーツ800などモータリゼーション黎明期の大衆車に広く用いられた。オートバイ用としては現在もBMW(特にRシリーズが有名)が採用している。
水平対向4気筒……現在スバルが国内向けに製造しているエンジン車の市販車・レーシングカーは、他社のOEMを除き全てこのレイアウト。ポルシェもケイマンなどの小型モデルに採用している。オートバイではホンダの第三世代までのゴールドウイングに採用された。小型航空機でも広く使われる。過去においては大衆車に広く採用されており、フォルクスワーゲンのエンジンが有名(ビートルのエンジン)。
水平対向6気筒……スバルのEZ30やポルシェ911のエンジンは有名。二輪車ではホンダの第四世代以降のゴールドウイングやワルキューレ(後にゴールドウイングに統合)に採用されている。現在購入できる水平対向の自動車の中では最大気筒数となる。これより多い気筒数の水平対向は極端に例が少なくなる。
水平対向8気筒……航空機のエンジンとしての採用例が多い。自動車用としては70年代にポルシェ907があったが、現在は製造されていない。
水平対向10気筒・12気筒・16気筒……後述する180°V型エンジンを別にすれば開発例はほとんど無い。
180°V型エンジン
180°V型エンジンはV型エンジンの一種で、水平対向エンジンと同様、シリンダーが横に寝ているため、外見上の見分けは難しいが、内部構造はまったくの別物である。
例を挙げると、クランクシャフトの位相は水平対向エンジンが180°なのに対し、180°V型はクランクシャフトが同位相である。このため、振動を対の気筒間で相殺することはできない。
要するに、腕をシリンダーと見立てた場合片腕を伸ばしたらもう片方も伸びるのがボクサーエンジンで、片腕を伸ばしたらもう片方は縮むのが180度V型エンジンである。
振動面では不利だが12気筒であれば理論上はエンジン全体で振動を打ち消しあうことになるため問題とはならない。
また、クランクピンを対の気筒で共用するためクランクメタルの必要数がボクサーエンジンより少なく、クランクシャフトの長さが短くなるのがメリットで、エンジン長が長くなりがちな12気筒以上のエンジンは実際に制作されたものは全て180°V型でありボクサータイプは存在しない。
12気筒エンジンはモータースポーツでは1960年代から80年にかけてのフェラーリのF1マシン、ポルシェ917やスバルMM1235(メイン画像)などが有名。
車両用ディーゼルエンジンでも日野DS120 DS140、国鉄のDML30H系など使用例がある。
※:ただし、日本産業規格(JIS)では水平対向エンジンを「2列のシリンダーバンクを、クランク軸の両側に対向して配置した機関」(JISB0108-1:1999、番号12.10)と定義しているため、これらの180°V型エンジンもJIS上では水平対向エンジンに含まれることになる。
他方、ドイツ工業規格(DIN)ではこれらを別のエンジンと定義づけており、団体によって定義が異なるため注意が必要である。
余談
「水平対向は低重心」という謳い文句があるが、これは半分だけ本当である。
構造がシンプルであった、1960年代頃までの水平対向は確かに売りにできるレベルの低重心であった。
しかし技術の進歩でよりハイレベルなエンジン性能(主に燃焼効率)が求められるようになった近年は、排気集合管や触媒などの複雑な排気系を下に通す都合上、むしろ直列エンジンよりも高重心となってしまう場合も珍しくない。
WRCで活躍したため低重心が強みと一般的には思われていたインプレッサWRX(GRB型)が、実はライバルのランエボ(エボX)より高重心であったのはあまり知られていない事実である。
また改造範囲の広い『WRカー』規定ではエンジン搭載位置をある程度動かせたのだが、水平対向は直列に比べて自由度が低く、重量配分で不利があったとされている。
F1やCカーなどのレース専用のプロトタイプカーでは、ポルシェが1970年代の917に始まり、936、956/962C/962LM、WSC95、911 GT1と長年にわたってスポーツカーレースの頂点を制覇し続けた。
しかし時代が進むにつれて前述の重心高の問題に加え、フレームにエンジンを直付けしフレームの一部となるストレスマウントに不適合(上下に薄い形状が災いしエンジン高が足りずv型では不要なサブフレームの追加が必要)で重量増の問題が浮上。また空力の重要度が増すようになると、前述の車体下面に排気管通す弊害でパワーが充分に出せずフロアトンネル形成の邪魔でダウンフォースが低下など、搭載性と重量・空力などの性能面全般に難があるため敬遠されるようになり、21世紀では採用事例は無くなった。ポルシェも2000年代にV8エンジンのRSスパイダーでプロトタイプカーレースに復帰して以降、一度も水平対向エンジンを採用していない。
同種の180°V型エンジンでも、90年代のスバル180°v12エンジンMM1235を積んだF1 のコロー二C3Bでは、車体全体での重量過大と空力の都合上細く絞り込まれたボディーワークの皺寄せからくる吸排気容量の不足により設計出力すら達成できない低パフォーマンス(カスタマー仕様のフォードDFRやジャッドにすら負けていた)なエンジンにより参加した予備予選を全て予選落ちとなるなど散々な結果で終わっている他、メルセデスベンツのCカーc291では 各種弊害解消のため採用された特殊構造(センターテイクオフ式の出力軸や4分割のブロック構造などの複雑極まる構造や大きく傾斜させたマシン搭載方式など)もたたってトラブルが続出で完走すらままならなかった。
関連項目
富士重工業 ポルシェ BMW ホンダ…現在製造しているメーカー。
かつて製造していたメーカー
トヨタ自動車…ミニエース、パブリカ、トヨタスポーツ800に搭載されていた。
日野自動車…高速バスに搭載。(RA100P、RA900P〈国鉄専用型式〉)
本田技研工業…ジュノオ(M80/M85) (スクーター)、ワルキューレ (オートバイ)、ワルキューレルーン (オートバイ)に搭載。