概要
4列のシリンダーバンクをV型に2セット配置した形態のレシプロエンジン。
直列4気筒が2つ付いていると思えばよい。振動の特性も直列4気筒とある程度共通している(二次振動が大きく、偶力振動が小さい)。
バンク角はV6やV10ほどのバリエーションは無く、過去の例外を除いて基本的に90°のみである。
燃費が悪い分圧倒的に高出力であり、大型の高級車や商用車、レーシングカーでの採用が多い。
近年は環境意識への高まりから、それまでV8のみであった車種にもV6や直4のダウンサイジングターボに取って代わられるケースが増えているが、それでも独特のエンジンサウンドには根強い人気がある。
米国・豪州におけるV8
アメ車の代名詞
広大な国土と、安価な燃料という背景もあってアメリカやオーストラリアでは多少燃費に劣っていてもパワーに優れるV8エンジンの人気はかねてより高く、アメリカ車の代名詞とも言える存在である。
そもそもV8を実用化して、直6に並ぶ立場を与えたのはアメリカのキャデラックであり、V8の歴史≒アメリカ車の歴史と言い換えても過言ではないと言える。
元はフランスで生まれたV8だが、振動バランスに優れるクロスプレーンクランクシャフトを搭載するV8を世に送り出したのもキャデラックで、時は1923年のことだった。排気干渉によってドロドロと鳴るクロスプレーンV8特有の排気音は、今日までアメ車のV8エンジンを象徴する特徴の一つとなっている。
フォード・フラットヘッドV8
キャデラックが実用化したV8は、それまで高級車用エンジンとして主流だった直6に対抗すべく生み出されたものであり、中級車以下には依然として直4ないしは直6が搭載されていた。
1920年代後半、時のフォード・モーター社長のヘンリー・フォードは、キャデラックV8へ向けた強い憧れが高じて、自社の大衆車へのV8導入に踏み切る。フォードの強みだった工作精度の高さを活かし、それまで高コストだった削り出しのクランクシャフトを鋳造化することに成功。サイドバルブ方式でエンジンヘッド部分が平らだったことに由来して後に「フォード・フラットヘッドV8」と呼ばれるこのエンジンは、その他様々なコスト削減を行って、1935年には米国モデル全車にV8を搭載するに至った。
シボレー・スモールブロックV8
戦後にはビッグ3(GM/フォード/クライスラー)が従来のサイドバルブ方式から、シリンダー上部に配置したバルブをカムシャフトからプッシュロッドを介して駆動するOHV方式に次第に移行した。
クライスラーが「ファイアパワー(後のクライスラー・HEMI)」、フォードが「リンカーンV8」で迎え撃つ中、GMがコルベット・ベルエア用に用意した4.3L V8エンジンが、後に20世紀下半期のアメリカを代表する「シボレー・スモールブロックV8」となる。このエンジンはボア・ピッチ(シリンダーの中心間の距離)を4.4インチに統一しており、エンジンブロックは共有したままでのボアやストロークの変更だけで、262-400CUI(4.3-6.6L)まで排気量を変更できた。これにより、大衆車向けの実用エンジンから、スポーツカー向けのハイパワーエンジンに至るまで、多くの部品を共有して生産コストを大幅に削減することに成功した。また、部品を共有するメリットは交換の容易さという副産物も産み、後に「クレートエンジン」と呼ばれる米国特有の自動車文化(競走用のハイパフォーマンスエンジンをメーカーが単体で製造し、木箱(クレート)で梱包して販売する)まで発展させた。特に350(5.7L)ユニットは古今東西様々なマシンに押し込まれ、アメリカンV8を代表するバリエーションの一つとなっている。クレートエンジンでなくても、シボレー・スモールブロックならば基本的に互換性がある為、極端な話1969年式カマロに2018年式のGM LT5エンジンをポン付けで積むといった荒業でさえ可能となる(勿論ミッション等、同時に載せ替える部品が必要なこともある)。
およそ1世紀の間に、様々なメーカーからV8が発売されたが、上記の2台は基本構造こそさほど革新的ではなかったものの、製造方法の工夫で実に多くの台数を売り上げており、20世紀の自動車業界史に大きく名を刻む名エンジンと言える。特に後者のシボレーV8に至っては一億台以上売り上げており、21世紀以降も各部を刷新したGM LSエンジンとして、基本構造は変更のないまま現在まで製造を続けている。また、米国民の魂にプッシュロッドを植え付け続けている張本人でもある。(勿論、ヘミエンジンも同罪)
オイルショックを乗り越えて
これらの土台により、1970年代のオイルショックに至るまでは、V8のパワー競争の激化により400馬力近いとんでもないパワーと、それと同じくらいにとんでもなく悪い燃費を誇るマッスルカーが市場を席巻した。その後は二度にわたるオイルショックから来る環境志向によって中級車を中心にV6や直4が普及し、既存のV8搭載車も大きくパワーをダウンしたが、オイルショックの収束やエンジン制御の電子化(ECU・インジェクション等)と共にV8のパワーは再興を見せ、再び大型SUVやピックアップ向けにV8が多く普及するようになった。
21世紀のアメ車
アメリカは2000年代のシェールガス革命により大手産油国となったことや、ビッグ3のロビー活動によりピックアップトラックやフルサイズSUVの税制が優遇されているなど、燃費の悪い車でも乗りやすい環境が整っているのも、大型車を中心にV8が今日まで普及している大きな要因である。
その一方で、依然としてGM、クライスラーは一部の例外を除くV8搭載車にOHV機構を採用し続けている。今日では日本車も欧州車も軒並みDOHCが基本になっている中、アメリカでOHVが人気を保っている背景には、先述したシボレースモールブロック・クライスラーHEMIの隆盛によって国民にOHV信仰がもたらされたり、整備性やチューニングのポテンシャルに優れている点が評価されたり、そもそもアメリカではOHV自体が技術革新でDOHCと遜色ないレベルまで性能を上げている部分もあったりする。その中でもフォードは、早々にV8にもDOHCを導入したり、単にパワーが求められるだけの大型車ではV8をV6エコブーストに置き換えたりと、割と世界の流れを汲んでいる方である。
80年代には200馬力前後まで落ち込んだパワーも、今日では自然吸気でも400馬力超まで跳ね上がった。また、ハイパフォーマンスモデルを中心に、V8ツインターボエンジンを搭載する欧州車とのパワー競争を見据えてスーパーチャージャーを組み合わせる例も増えてきている。GM(シボレー・コルベットZR1、キャデラック・CTS-V等)、フォード(シェルビー・マスタングGT500、F-150 SVT等)、クライスラー(ダッジ・チャージャー/チャレンジャー SRT ヘルキャット)共に600-800馬力台にまで到達し、高いコストパフォーマンスでカーマニアに向けて訴求している。
NASCARの心臓
アメリカを代表するモータースポーツとして、NASCARと呼ばれるストックカー(市販車の形をしたレース専用設計車)のレースがある。主にオーバルトラックをイコールコンディションで競うものだが、この競技に使用されるマシンのエンジンとして、半世紀近くにわたって一貫してV8エンジンが採用され続けている。オイルショックの煽りを受けた80年代には往年のV8+FRのパッケージを持つ車種が軒並み消え失せ、この頃には市販仕様ではV6+FFの車種が無理矢理V8FRに作り変えられてオーバルトラックで火花を散らすといった、異様な光景が見られた(もっとも現在でもカムリの皮を被ったマシンもあったりするので、全くいないことはない)。
NASCARエンジンの最大の特徴が、5.9L OHVにして10000rpmもの高回転を許容し、NAにして800馬力近いパワーを発揮する圧倒的な性能である(しかも2011年まではキャブレターが使われていた)。これはDOHCなら20000rpmを許容する技術力に匹敵する。このことからも、アメリカでV8OHVが如何様な進化を遂げたかを垣間見ることができる。
最高峰のカップシリーズには長らくビッグ3がエンジンを供給していたが、2012年にはクライスラーが降りた。
トヨタは2004年からNASCAR三大シリーズの一つであるトラックシリーズに、2007年から残りの二つであるカップシリーズとエクスフィニティシリーズにV8エンジン供給をそれぞれ行っており、2013年から2024年現在まで、GM・フォード・トヨタの三つ巴の争いとなっている。
欧州・日本におけるV8
ではV8の元を生んだヨーロッパではどうだったかと言うと、道路事情や税制の都合もあってか一般人の手に届くようなものはなく、北米ほどはV8は盛んにはならなかった。特に第二次世界大戦前はV8を積むには小さすぎる小型車と、長いボンネットをステータスとして全長のある直8やV12を積む高級車に二分されていたことから、一時期ホルヒ(アウディの前身企業の一つ)が少し手を出したくらいで終わった。
前述のとおりV8を最初に製造したのはフランスのメーカーだが、現在まで残るフランス車ブランドのルノー・プジョー・シトロエンは市販車用V8の量産をしたことはなく、他もせいぜいフォードのフランス法人が戦後に少し作った程度である。
アウディとアストンマーティンにはかつて「V8」という名前の車種が存在したが、これは裏を返せばそれだけV8は少なく、アイコニックな存在であったということがうかがえる。
しかしハイエンドクラスの高級車、特にスーパーカーや大型SUVでは採用例は非常に多く、現在でもドイツ車・英国車およびその関連企業を中心に多くがラインナップされている。
元々はガソリンV8は自然吸気エンジンが主であったが、2010年代半ば以降に
- 環境規制に合わせてW12やV10などの大型エンジンからダウンサイジング化しつつパフォーマンスも維持するため
- 1気筒あたり500ccの「モジュラーエンジン」で低コストかつ効率的に開発するため
- 成長する中国市場の税制に合わせるため(中国では4リッターを超えた途端に税金が極端に重くなる)
などといった理由から、ほとんどが排気量4リッター程度のV8ツインターボに置き換えられている。
自然吸気に比べるとターボはパワーはともかく「味」(官能性)の部分で見劣りすると思われがちだが、その点はメーカー側も承知しており、自然吸気と遜色無い高回転まで吹け上がるような工夫を凝らしている。中でもランボルギーニは、現代の公道用四輪エンジンとしては非常に稀な10,000回転に達するV8を開発しており、その進歩は目を見張るものがある。
一方でフェラーリ/マセラティのようなV8を伝統としていたブランドがエコ意識の高まりや法規制の強化を受けてV6ツインターボに置き換えていたり、ロールス・ロイスのLシリーズV8が1959年から61年間にわたって製造されていた歴史を(シボレースモールブロックをも抜かして世界一長寿なエンジンといえる)2020年に終わらせていたりと若干の翳りも見え始めている。
なおフォルクスワーゲンはディーゼルエンジンのV8もラインナップしていたが、これも環境規制対応の限界で製造を終了している。
日本メーカーの国内向けの市販車では採用例がトヨタ・日産・三菱のみと極めて少なく、2011年以降はトヨタしか生産していない。そのトヨタもクラウンやランドクルーザー/LX、センチュリーからV8のラインナップを無くしてしまっていることから、絶滅は間近と見られる。
2024年現在はレクサスのLC500/RC F/IS(いずれもヤマハ発動機と共同開発した2UR-GSE)のみである。
モータースポーツにおけるV8
大きな出力を必要とするレーシングカーではかつては主流であり、市販車にV8を一切持たなかったフランス車や1960年代の日本車メーカーもV8エンジンを搭載するレーシングカーを製造していたほどである。
また1970年~1980年代の欧米日レース界で栄誉を欲しいままにした、史上最強エンジンのコスワース製DFVもV8であった。
2000〜2010年代初頭頃にはF1、F2、インディカー、SUPER GTのGT500クラス、フォーミュラ・ニッポン(現スーパーフォーミュラ)、DTM、LMP2/LMP3など大多数のビッグカテゴリがV8自然吸気エンジンを統一規格とし、完全にスタンダードとして定着していた。
NASCARについては上で述べた通りである。
しかし2010年代半ばから、環境意識をアピールしたい自動車メーカーの意向により、上述のカテゴリはすべてV6ターボまたは直4ターボに置き換えられてしまっている。現在もNASCAR、GT3などV8が第一線を張っているカテゴリはまだ存在しているが、今後世界的なEVシフトが進むにつれ、これらもいずれV8の撤廃を迫られる可能性がある。
しかし一方でEVの利便性上の弱点の表面化で失速があったり、理論上二酸化炭素排出量をゼロに近くできるバイオ燃料や水素エンジンの研究が進めば、V8も生き残れるのでは?という楽観論も浮上してきている。
特にフォーミュラカーの、V8自然吸気の甲高いキーーンというサウンドは今もファンを魅了しており、日本のスーパーフォーミュラでは直4ターボでV8の音を出すために実験が行われているほどである。
2021年に施行された、BoP(性能調整)を前提とする耐久用プロトタイプレーシングカーのLMハイパーカー/LMDh規定では、現代の純レーシングカーとしては珍しくV8エンジンを採用する例が多く、ポルシェ/ランボルギーニ/BMW/グリッケンハウスがV8ツインターボ、キャデラック/ヴァンヴォールがV8自然吸気エンジンを採用している。
関連イラスト
関連項目
V8インターセプター - V8エンジンを搭載した架空車としては、最も有名な車と言える。