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英国車

えいこくしゃ

イギリスのメーカーによって製造された自動車やオートバイ
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概要

本国の仕様車は、その歴史的経緯から日本と同じく左側通行に合わせた右ハンドルである。

産業革命が最初に興りかつては大英帝国とも称されたイギリスは、世界恐慌の影響が比較的少なかった事もあって、アメリカに次ぐ世界第二位の自動車生産数であり続けた。
1937年での乗用車の普及率は国民25,7人に1台の割合となっており、第二次世界大戦前の段階で自動車が日本よりも遥かに身近な存在であったことがうかがえる。

このため「上はロールス・ロイスから下はBMC・Mini」といった具合に、超高級車から大衆車まで広い範囲で世界的な名車を輩出している。

しかし第二次大戦が終結し冷戦へ移行すると、新たな国際協調の下で帝国主義や行き過ぎたブロック経済の反省から世界各地のほとんどの植民地の独立を認めた。これにより独占的だった資源地や市場を失うと、1960年代以降は敗戦から驚異的な復興と発展を遂げる日本と西ドイツに経済競争力で負けるようになる。
さらに急激な福祉国家政策が進められて、英国病と呼ばれるほどの深刻な経済・財政不振に陥ってしまう。

60年代までのイギリスでは高性能なスポーツ車や上質な中級・上級車が多数造られていたが、一方で国内では多数のメーカーが乱立して足を引っ張り合う状態であり、アメリカ系メーカーの猛攻に遭うようにもなった。

そこで多くの国内メーカーが合併してBMC(British Motor Corporation)されたが各メーカーの経営は好転せず、最終的には国有企業『ブリティッシュ・レイランド(British Leyland)』となる。
ブリティッシュ・レイランド傘下では、メーカーやブランドの統廃合が進まずに内部で競合が生じ、経営悪化に拍車をかけた。また露骨なコストカットによる製造でイメージが低下し、過激な労働争議が勃発しては生産性や品質も目を覆うようなレベルに低下したとされる。

1970年代以降、特に80〜90年代には安価なクルマから高品質で個性的なクルマへ変貌した日本車が猛攻をかけるようになり、イギリスの国内メーカーは有効な手だてを打ち出すことができず、結果的にブリティッシュ・レイランド傘下のメーカーはほぼ全てが外国資本かその傘下となった。
現在では、中小メーカーを除き純粋なイギリス資本の自動車メーカーはほとんど全滅に近い状態にある。

とはいえ、他の国では吹けば飛ぶような中小メーカーが残り続け、レースにも向いたスポーツカーやスペシャリティカーなど趣味性が高く魅力的な車を作り続けているのも英国車のユニークな点と言える。
ロータスケーターハム、アリエル、TVR辺りが有名どころである。

同じく右ハンドル国である日本では、ミニの流行やスーパーカーブームも相まってドイツ車に匹敵するほど身近な外車であり続けてきた。
現在も往年の旧車を乗り続けるオーナー以外に、ジャガーなどの現行の高級車を購入する富裕層は多い。2000年頃にドイツBMWの一ブランドと化したミニの中上級モデルも人気である。

二輪車

オートバイに関しても、BSAトライアンフ、ロイヤルエンフィールド、ノートンといった錚々たる面々が並んで…いたが、現在は往時の勢いが見られない。
とはいえ、日本でも150社ほどあったオートバイメーカーが4社に絞られたとき、消滅したメーカーがその痕跡をほとんど残さなかったのに対し、倒産・消滅や外国資本への売却など紆余曲折を経てもなお名前が残り生産を続けているメーカーが存在することは、英国製のオートバイに何にも代えがたい魅力を見出す人が多い左証かもしれない。

関連項目

自動車 オートバイ イギリス 工業
自動車メーカーリスト 右ハンドル

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