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ジャガー

じゃがー

ネコ科ヒョウ属の哺乳動物。もしくはそれに由来する製品、キャラクターなど。
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曖昧さ回避

  1. ネコ科ヒョウ属哺乳動物。⇒ ジャガー(動物)
  2. メディアミックス作品『けものフレンズ』のキャラクター。⇒ ジャガー(けものフレンズ)
  3. 玩具『トランスフォーマー』シリーズのキャラクター。⇒ジャガー(トランスフォーマー)
  4. 漫画ピューと吹く!ジャガー』の主人公。⇒ ジャガージュン市
  5. イギリス自動車ブランド
  6. フェンダー社のギターの機種。
  7. イギリス海軍J級駆逐艦2番艦。
  8. イギリス海軍のレパード級フリゲート4番艦。
  9. 千葉県ローカルタレント


自動車ブランド「ジャガー」

Jaguar MkⅡ


イギリスの高級車ブランド。現在はランドローバーと共にインドタタ・モーターズが所有し、「ジャガーランドローバー」を構成する。

来歴

1922年ウィリアム・ライオンズとウィリアム・ウォームズレイが「スワロー・サイドカー・カンパニー」を設立し、サイドカーを製造。
1927年オースチン・セブンのシャーシに自社製ボディを被せた「オースチン・セブン・スワロー」を製造。
1928年社名を「スワロー・コーチビルディング・カンパニー」に変更。コヴェントリーに工場を建設。
1933年社名を「SSカーズ」に変更。ウォームズレイが会社を去る。シャーシ、ボディとも自社製のSS1、SS2がヒットするが、カーマニアから「見た目だけ」と侮られる。
1935年エンジンも含め完全自社製の「SSジャガー」を発売。高級車メーカーに仲間入りする。
1939年第二次世界大戦が勃発。高級車は生産を縮小せざるを得なかった。コヴェントリーへのルフトヴァッフェの空襲により工場も被災する。
1945年第二次世界大戦終結。社名を「ジャガー・カーズ」に変更。
1948年ジャガーXK120を発売。
1950年ジャガーCタイプを発売。1951年、1953年のル・マン24時間レースで優勝する。
1954年ジャガーDタイプを発売。1955年、1956年、1957年のル・マン24時間レースで優勝する。
1955年ジャガーMk1を発売。
1957年コヴェントリー工場の火事でDタイプの治具がすべて焼失し、生産続行不可能となる。
1959年ジャガーMk2を発売。
1960年デイムラーを買収。
1961年ジャガーEタイプを発売。
1966年BMCと合併するが、販売不振に陥る。
1968年イギリス政府の主導でレイランドとBMCが合併しBLMCとなる。これにより作業員のレベルが大衆車並みに下がり、品質低下により販売台数が大幅減少。
1972年ライオンズが会社を去る。
1975年BMLCが国営化され、ブリティッシュ・レイランドとなる。
1979年経営トップとしてサー・ジョン・レオポルド・イーガンを招聘。イーガンの改革によりジャガーの販売は急激に回復した。
1984年民営化される。
1986年TWRチームのXJR-8世界耐久選手権のシリーズ・チャンピオンとなる。
1988年TWRチームのXJR-9がル・マン24時間レースで優勝する。
1989年フォードにより買収される。
2008年フォードの経営難が深刻になり、ランドローバーと共にインドのタタ・モーターズに売却された。


フェンダー社のギター「ジャガー」

んーとまあ初投稿


1962年、フェンダー社の最高級機種として発売されたエレキギター
ボディ・シェイプはジャズマスターに似ているがネックはショートスケールで、専用ピックアップを搭載している。
歯切れ良く鋭い音が特徴でサーフ・ミュージック等で愛用された。反面サステインに乏しく、ロックの時代になると販売が落ち込み、1975年に製造中止となる。
1990年代にグランジオルタナティブ勢が台頭すると、彼らの使用により人気が再燃し、2000年にはアメリカ本国でも製造が再開された。

主な愛用者

カール・ウィルソン アル・ジャーディン トム・ヴァーレイン サーストン・ムーア  カート・コバーン ジ・エッジ ジョン・フルシアンテ ジョニー・マー アレックス・ターナー
寺内タケシ 藤巻亮太 岡野昭仁 渡辺香津美 吉井和哉 チバユウスケ

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