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概要編集

ヤマハ株式会社から1955年に独立した。二輪の売上規模は本田技研工業に次ぎ世界第2位。

主にオートバイ電動アシスト自転車(自転車)、レジャーボート及び船外機発電機などを製造。

ATVスノーモービルレーシングカート産業用ロボット無人ヘリ、さらにはプールなど製品は多岐に渡る。


二輪/三輪編集

TZR250Rふーごろさん with ヤマハ セロー225トリシティ

バイクに限らずエンジン付きの機器・乗り物を幅広く手掛けているという点ではHONDA(本田技研工業)と共通しており、実際HONDA創業者・本田宗一郎からバイク作りを教えてもらっていたり、HONDA社長の実弟をYAMAHAの社長に据えたりと、地縁同業者の枠を超えた蜜月時代があった。しかしYAMAHAはメキメキ力をつけていくと、バブル期には「HY戦争」と呼ばれる激しい戦いを育ての親に仕掛けており、以来一転して犬猿の仲になった。

この「戦争」が収束して20年以上経ち、バイク市場の縮小や開発コストの高騰の波にさらされた今は、50ccスクーターの部門で旧敵HONDAと業務提携をするという方向転換に至った。これにより2018年以降、「ジョグ」と「ビーノ」をHONDAのOEMに切り替えている。


YAMAHAのバイクはデザインに定評があり、「デザインのYAMAHA」と称されることもある。ただし厳密にはデザインは第一号機のYA-1からグループ会社の『GKダイナミクス』によるもので、後述のTOYOTAがスポーツカーのエンジンのDOHC化をYAMAHAに委託し続けているのと実態は近い。また以前は「ハンドリングのYAMAHA」を自称していたが、最近は聞かれなくなっている。

ラインナップの特徴としてはSR400のような昔から姿を変えないビンテージモデルから、暴力的加速力の『Vブーストシステム』を搭載するVMAX、3気筒のMT-09、3輪バイク(トライク)のトリシティ、さらには3輪で3気筒のNIKENなどチャレンジングな試みが多く、SUZUKIKawasakiに劣らぬ変態っぷりを見せる。元々は「2ストのヤマハ」の異名を取っており、現在も競技用オフ車に2ストロークエンジンを国内販売しているのもまた変態といえる。


一方でオーソドックスなスクーター・スポーツ・オフロードなども幅広く揃えている。特に2020年まで発売されたセローは、そのオールマイティさから根強い人気を誇った。


四輪編集

ウマ娘~マルゼンスキーちゃんとTOYOTA2000GTコバトンとLEXUS LC2018 Yamaha Wolverine R-Spec EPS

HONDAと異なり単独での四輪車の量産はしていないが、エンジンにおいてTOYOTAと深い関係を持つことで知られる。TOYOTAの主導により2000GTの開発に強く関与していたのはあまりにも有名である。

またDOHC=スポーツカーエンジンだった時代、3S-Gや1G-GEなどのツインカムエンジンにあったYAMAHAの刻印はTOYOTAのスポーツグレードの象徴であった。2020年現在も8AR-FTSや2UR-GSEといった、YAMAHAが開発に参画したエンジンがTOYOTA・LEXUSの高級車のスポーツグレードにラインナップされている。特に2URは、国産では唯一となったV8自然吸気としてLEXUSのプレミアム性を高める重要な役割を果たしている。

逆に、1970年代に4ストロークエンジンを初めて開発する際はTOYOTAにアドバイスを求めたこともあった。


TOYOTA以外でも、フォードはYAMAHAとの共同開発でトーラスなどにV6エンジンを積んでいたことがある。またロータスはTOYOTA製エンジンを採用していることで知られるが、以前はこれもYAMAHAとの共同開発によるものがメインであった。


YAMAHA単独での四輪開発の試みとしては、2000GT開発前にYX30という試作車を開発している。1960年には軽自動車『昌和SM360ミニカ』発売を計画した昌和製作所(現ヤマハモーターパワープロダクツ)を買収したものの実現していない。1991年にはスポーツカー『OX99-11』の発売を計画したものの平成不況で中止されている。現在ではスポーツカー計画の再始動(『スポーツライドコンセプト』)の他、小型車『MOTIV』やSUV『クロスハブコンセプト』を計画しているが、2018年をもって四輪市場参入計画は凍結されたことが公式に明言されている。


バイクの技術を応用して作られるバギーカー(ATV、UTV)では世界トップクラスのメーカーの一つである。また子会社も含めるとヤマハモーターパワープロダクツがゴルフカートやレーシングカートなども発売している。

そのため四輪に参入するための技術力は確実にあると思われるが、近年"CASEの時代"と呼ばれる四輪業界の開発競争の激しさや、参入のリスクまで含めると、商業化までの道は険しいようだ。またYAMAHAとしても四輪以外の部門は盤石なため、焦って参入する必要がないという事情もある。

とはいえ、少量生産で良いからなにか出ないものだろうか…というのもファン心理で、今もたびたび期待の声が寄せられている。


モータースポーツ編集

YZF-R12018年6月の壁紙カレンダー配布開始!(お持ち帰りFREE)1992 Toyota Eagle MkIII

前述の蜜月時代からHONDAと、MotoGP(旧WGP)、スーパーバイク、耐久、オフロード、ダカール、マン島TTなど戦場を問わず覇権を競っている。近年ではMotoGPのバレンティーノ・ロッシとホルヘ・ロレンソによる黄金時代や、中須賀克行による全日本ロードレース5連覇、鈴鹿8耐4連覇などが記憶に新しいだろう。


実は四輪でもフォーミュラカーエンジンの実績があり、コスワース製エンジンをベースにしたエンジンで、鈴木亜久里を全日本F3000のチャンピオンに導いている。そのままF1にもステップアップしたが、単独開発で安定した戦闘力を得るのが困難であったため、後にジャッド製V10をチューニングするという形に切り替えたことで、2位表彰台を獲得するまでになった。


直接活動に関与したわけではないものの、TOYOTAのスポーツカーエンジンが軒並みYAMAHAとの共同開発であることから、TOYOTAの達成した四輪レースの殊勲の多くにYAMAHAが関わっているともいえる。

具体的には2T-Gエンジンを積んだF3マシンの欧州席巻、3S-Gエンジンを積んだセリカによるWRC・パイクスピーク制覇、イーグルMkⅢによるIMSA・デイトナ24・セブリング12時間制覇、全日本GTや全日本F3選手権での連覇など。現代でも2UR-GSEエンジンを積んだハイラックスによるダカールラリー制覇(2019年)やRC F GT3 のIMSAクラス優勝、さらにはSUPERGT・GT300クラスのGRスープラプリウスの活躍があるのだから大したものである。

直接YAMAHAも活動に深く関わっているTOYOTAのレース活動としては、"TOYOTA YAMAHA RACING TEAM"によるレーシングカートでのドライバー育成がある。


なおTOYOTAは2016年ル・マン24時間で、ラストラップの残り3分でストップしたというあまりにショッキングな事件が有名だが、YAMAHAも1997年F1ハンガリーGPで初優勝目前のラストラップにトラブルが出て2位に終わったという同種の世界的な伝説を残している。…どんだけ仲が良いんだキミら。


四輪バギーは世界的にもYAMAHAの独壇場であり、ダカールラリーでは部門創設以来無傷の11連覇を誇る。


pixivでは編集

ヤマハつながりでVOCALOIDをヤマハ発動機の製品と絡ませる事例が多々見受けられる。

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関連タグ編集

YAMAHA バイク レーサーレプリカ

RZ TZR FZR YZF-R

JOG BW's パッソル シグナス TW セロー

マジェスティ SR400 ビラーゴ ドラッグスター VMAX TMAXWR250R/X XJ/XJR FJ/FJR FZ DT50

テッセラクト


TOYOTA 2000GT フォード ロータス


その他編集

ジュビロ磐田…前身がヤマハ発動機のサッカー部(Jリーグ)。ヤマハ発動機系だが同社の母体であるヤマハも出資。)

中山雅史(元社員・現:アスルクラロ沼津

五郎丸歩(ヤマハ発動機ジュビロラグビー部所属の現役社員)

アリス・ギア・アイギス…楽器のヤマハとコラボをしていたのだが、何と発動機の方ともコラボをしてしまった作品。

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