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自動車メーカーの「クライスラー」社

現在の正式社名は「FCA US LLC」(意訳でアメリカフィアット・クライスラー自動車有限会社)。
本社はミシガン州デトロイト郊外のオーバーンヒルズ市に置く。

ゼネラルモーターズフォード・モーターと並ぶ、アメリカの自動車産業界のビッグ3の一角である。

リーマンショック直後の2009年に一度経営破綻。
アメリカ政府の仲介の下でイタリアフィアットグループに買収されて、その子会社として再出発した。

クライスラー社設立以前

創業者ウォルター・パーシー・クライスラー(1875~1940年)は、17歳でユニオンパシフィック鉄道に就職し、以降様々な会社を渡り歩きながら鉄道車両技術者としてのキャリアを重ねる。
1910年に自動車産業との最初の関わりを持つ。

1911年、ゼネラルモーターズのジェームス・ストロウ社長にヘッドハンティングされ、ビュイック社の技師長となり、1916年には社長に昇進するが1919年に退職した。
退職後すぐ依頼を受け、破産寸前のウィリス・オーバーランド社を再建した。
1921年にはチャーマーズ社との統合が原因で厳しい財政状況に陥っていたマックスウェル社の株式を大量に取得し、会社の実権を握った。ウォルター・クライスラーにはゼネラルモーターズを退職する際にもらった1000万ドルの資金があった。
1924年にクライスラー・シックスを発表。

クライスラー社設立以降

1925年、マックスウェルとチャーマーズを合併させ、クライスラー・シックスの販売会社としてのクライスラー社が誕生した。

1920年代の自動車ブームもあって販売は好調で、クライスラー社は1928年、プリムス(大衆車)、デ・ソート(高級車)と、2つのブランドを立ち上げた。

1929年、投資会社からダッジ・ブラザーズ社を買い取ってダッジブランドとし、ゼネラルモーターズ並の車種を市場に投入し、ゼネラルモーターズ、フォード・モーターと共にビッグ3と呼ばれるようになった。

1930年にはニューヨークに当時世界一高い(319m)クライスラー・ビルが完成したが、建設費はすべてウォルター・クライスラーの個人資産によるものであった。

1930年代から戦車など軍用車両を製造するようになり、第二次世界大戦朝鮮戦争の特需で大いに利益を上げた。

1935年、創業者ウォルター・クライスラーは会長職に退いた。

1950年代はモータースポーツに積極的に参加し、マッスルカーの流行で市場にインパクトを与えた。1955年にはインペリアルがブランドとして独立した。

1960年代は世界各地に販売拠点・生産拠点を築いて進出し、バレイロス社(スペイン)、シムカ社(フランス)、ルーツ社(イギリス)を傘下に収めたが、いずれも弱小メーカーで、クライスラー社の足を引っ張るばかりで何の益も無い結果に終わり、1980年代に他社へ売却された。

1970年代になるとブランド戦略の混乱や、第2次オイルショック後の外国メーカーの小型車との競合で売り上げが落ち、杜撰な財務もあってクライスラー社は深刻な経営危機に陥る。

1978年、フォード・モーター社長を解雇されたリー・アイアコッカがクライスラー社の社長に就任。

1979年、債務保証法により連邦政府から15億ドルの資金調達に成功したが、運営資金が尽き、軍事部門を売却、海外拠点も手放し、大規模な人員削減が行われた。
しかし、その後の小型車中心の生産への移行や経営のスリム化により危機を脱することができた。

1985年、三菱自動車と提携しダイアモンド・スター・モータースを設立。

1987年にルノー社からジープブランドを持つアメリカン・モーターズ社を買収。販売網が拡大され、さらにはジープ・チェロキーがヒットして収益に貢献し、黒字化を達成できた。

1988年、イタリアマセラティ社と提携。ランボルギーニ社を買収。この頃、アイアコッカは独裁的権力を背景に公私混同が目立つようになり、巨額の損失を出して社内外から批判を受け、1992年にクライスラーを去った。

1995年には、アイアコッカが投資会社トラシンダ社と共にクライスラー社の敵対的買収に乗り出したため、クライスラー社はドイツのダイムラー・ベンツ社を頼ることになった。

1998年、ダイムラー・ベンツ社と合併(事実上クライスラーは買収された)し、ダイムラークライスラーAGとなったが、両社の経営方針や技術思想にはあまりにも隔たりがあった。また、大型車中心のラインナップが災いし、イラク戦争後の原油価格上昇を受け業績は低迷した。

2007年にダイムラークライスラーAGはクライスラー部門を分離して投資会社サーベラスに売却、合併は解消された。

2008年の世界金融危機でクライスラー社の資金繰りが行き詰り、2009年に倒産。アメリカ、カナダ両政府からの100億ドルの公的資金と、フィアット社からの支援で経営再建を目指すことになった。

2014年にフィアット社の完全子会社となり、その後社名が変更された。

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