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パブリカ

ぱぶりか

トヨタ自動車が製造・販売を行っていた小型乗用車。ここでは、2代目のバリエーションのひとつだったダイハツ・コンソルテについても述べる。

概要

1961年6月に発売を開始した。この車は1955年に日本経済新聞がすっぱ抜いた、通産省の構想だった(実際には公式に発表されなかった)「国民車構想」に対する、トヨタからの回答とも言えた。車名の「パブリカ」自体、大衆車という意味の英語であるPublic Carを略したものであった。ちなみにこの名前、一般公募によって決められたものである。

ただ販売を開始したところ、全くといっていい程売れなかった。多くの人に買いやすいように、装備などをシンプルにしたのは良かったが、それがかえって貧乏臭く見られてしまったためである。そのため、オートマ車を加えたり、装備を増やしてみたりしたことで、どうにかこうにか売れるようになった。それで調子に乗って、なんとコンバーチブル(オープンカー)をラインナップに加えるわこれをベースにしたトヨタスポーツ800とか言うプッツン車売ってしまうわ・・・・・・。売れてしまえばいい気なもんだなトヨタ。

1969年4月に2代目にモデルチェンジ。大衆車という点ではカローラが存在(しかも、発売当初からものすごく売れていた。パブリカ大ズッコケの経験を元に作られたから当然か)したため、エントリーカー路線に転換した(が、初代末期からそう言った傾向にはあった。当時若者から絶大な人気を誇っていたギリシャフランス人カーレーサーのユキオ・フクザワをイメージキャラクターに起用したり、「1000ドル(当時のレートで36万円。ちなみに大学卒業者の初任給は26500円くらい)でパブリカは君のものだ!!」と値頃感をアピールしていた)。また、エンジンをトヨタ製の空冷800cc・水冷1000ccエンジンの代わりにダイハツ製1000ccエンジンを搭載したのが、ダイハツ・コンソルテである。なお、コンソルテとは、イタリア語で「提携」という意味である。絶対この車売る気なかっただろダイハツ・・・・・・。

初代発売当初から搭載されていた空冷700cc→800ccエンジンは、1972年にラインナップから外されたが、実はこのエンジン、トヨタ唯一の空冷エンジンである。

1973年に派生車種としてパブリカ・スターレットが登場、こちらもコンソルテの1バージョンとして発売された。

1977年にコンソルテが廃止(完全自社自主開発車であるシャレードが製造・発売開始されたため)、そして1978年2月、(パブリカ・スターレット改め)スターレットが2代目にモデルチェンジしたのを機に、それにあとを託す形で製造・販売を終了した。

なお、初代の途中以降、バン及びピックアップトラックもラインナップに加わっており、特にピックアップトラックに関しては1988年まで製造・販売されている。

登場作品

アキハバラ電脳組:主人公の父親トキジロウの愛車として登場。
TRICK:初代後期型が上田次郎の愛車として登場。

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