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トヨタスポーツ800

とよたすぽーつはっぴゃく

トヨタ自動車が1960年代に製造・発売していた自動車。
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概要

パブリカをベースに開発されたスポーツカー
しかし非力なパブリカ用の空冷エンジンを使って高性能車を作るという、どう考えてもムチャクチャなプランを実現するため……
航空機のキャノピーの技術を応用し、思い切り空力を重視するという当時としては非常に斬新なデザインを持つ事になる。
さらに、車体にも徹底的な軽量化を施した。その一例として、ポルシェに先んじてタルガトップを採用している。

その結果、エンジンこそパブリカ用エンジンに多少のチューニングを加えたにすぎないものの、かなりの高性能を生み出すことに成功した。
また軽量化と空力の賜物で燃費が良く、耐久レースにおいては「ピットインによるタイムロスが少ない」というアドバンテージを得ている。

ヨタハチの愛称で若者を中心に人気を博したが、海外に輸出はされていない。
1965年から1969年にかけて3131台が作られている。
ホンダS600(Sロク)、S800(Sハチ)とは、国内レースで何度もしのぎを削ったライバル同士で人気も二分していた。

このスポーツ800トヨタにとって初のスポーツカーであり、歴代で「スポーツ」の名を持つ唯一の車でもある。
当時、パブリカを元にとんでもない車を作れないか?などと考える酔狂がいなかったら、この車は生まれなかった訳で、2000GTAE86が現れなかったかもしれない、とさえ言われる。

「軽量化と空力で燃費の向上を図る」という、現代にも通じる(むしろ、現代でこそ求められる)設計思想と、その丸みを帯びた愛らしいデザインは評価が高く、中古車は高値で取引されている。とはいえ、その値段は200万~300万円と、2000GTに比べれば格段に安価であり、退職した男性が趣味用のセカンドカーとして買い求める例も多い。

開発エピソード

設計はクラウンパブリカの開発に関わり、のちに初代カローラの開発も担当する長谷川龍雄。東京帝国大学工学部を卒業後、戦時中は立川飛行機で戦闘機の設計を行っていたという、この時代の自動車エンジニアとしては定番ともいえる経歴を持つ。
しかしながら、このヨタハチの開発は、長谷川にとってはクラウンの仕事が終わり、次のカローラの企画が始まるまでの暇つぶしでしかなかったという。

飛行機屋だった長谷川は、「戦闘機のイメージを持つスポーツカーを作ってみたい」と考え、パブリカの開発と並行して少しずつ研究を進めていた。
もともと発売予定などなかったため、ボディはFRP製。ドアはなく、戦闘機同様のスライドキャノピーを装備するといった大胆な設計だった。
パブリカをベースに、空力と軽量化で性能を上げるというコンセプトは、私的な研究であるために会社の設備や人手を割けなかったという事情に由来する。

もともと発表する予定もなかったのだが、販売担当者の目に留まってしまい、「これいいじゃない、売り出そう!」という話になって発売されることになったという。

ヨタハチを愛車としたキャラクター

逮捕しちゃうぞ トヨタスポーツ800(MSXで描いた絵です)



サーキットの狼

逮捕しちゃうぞ
よろしくメカドック

関連タグ

トヨタ パブリカ - ベースとなった車両
スポーツカー 2000GT ヨタハチ

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