概要
型式はBK10型。
1982年に発売された初代マーチ(K10型)の基本部品を利用して開発され、1987年からの1年弱の期間に日本国内でのみ販売された。
限定販売という触れ込みで発売されたものの、非常に大人気を得てその後の日産の「パイクカー」シリーズの第1弾となった。
現代の自動車に往年の英国車を彷彿とさせるレトロ調のデザインを応用したほぼ最初の例であり、1980年代当時主流であった「四角い」カーデザインを「丸く」する端緒ともなった。
組み立て生産は1986年から委託先の高田工業において行われ、その製作は半ば手作業であったとされる。
車名の由来は、採用されたデザイン案名によるもの。
また、1988年~90年にかけて横浜スタジアムのリリーフカーに採用され、現在は日産のヘリテージコレクションとして動態保存されている。
経緯
1980年代前半、ホンダシティが人気を得ており、日産自動車では自社の小型車マーチを用いての対抗企画を検討していた。
その中で服飾デザイナー坂井直樹氏によるコンセプト案『Be-1』が評価され、その試作車が1985年の東京モーターショーに出展された。
坂井氏のデザイン案は当初社内では「市販車として合わない」という評価であったが、同ショーでの好評を受けて市販化が決定した。
そのデザインは、当時流行していたイギリスの名門小型車ブランド『Mini』を意識しつつ服飾デザイナーとして斬新な要素を加えたものである。
車体には樹脂素材が積極的に使われた。
1987年1月、パンプキンイエロー(黄)、ハイドレインジアブルー(青)、トマトレッド(赤)、オニオンホワイト(白)の野菜や花にちなんだ4色のラインナップで、限定10,000台という設定で販売が開始。
発売されるや約2カ月で予約完了する好評を得て、月産400台の生産計画が600台に増強された。
Be-1のフロントフェンダーや前後バンパーの材質には、世界で初めてフレックス樹脂パネルが用いられていた。
フレックスパネルの材料組成は、耐衝撃性の高い変性PPO(ポリフェニレンオキサイド)と耐熱性の高いPA(ポリアミド、通称ナイロン)などから成り、両者の優れた特性をあわせ持つ熱可塑性樹脂であった。
そして材質として以下のような特徴を持っていた。
・形状自由度が高い
射出成形により成形されるため、ヘッドランプ周りなど鋼板では成形が困難な部位も成形できた。
・塗装品質が良い
耐熱性に優れ、鋼板と同時に140 - 160度で焼き付け塗装ができるため、経時変化による退色の差もなく、長期間にわたる高品質な塗膜の維持や鋼板と同等の塗装の鮮映さを確保できた。
・耐衝撃性に優れる
従来の塗料はパネル変形時の伸びに追従できず亀裂を生じたが、フレックスパネル用の特殊なプライマを採用し、材料の持つ高耐衝撃性を活かすことができた。軽微な衝突ならば容易に復元するものであった。
年表
・1985年10月
東京モーターショーで公開。
・1987年1月
販売開始。
・1987年3月頃
電動キャンバストップ付仕様を追加。
・1988年5月頃
生産終了。