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ハコスカ

はこすか

2代目スカイライン及びスカイラインGT-R、S50型の通称名

1963年11月27日

S50D-I型発売。1900cc以上の上級市場はグロリアに譲り、1500ccクラスの量販車市場を拡充するために、G1型直列4気筒OHV1484ccエンジンを搭載する、小型ファミリーセダンとして開発・投入された。

モノコック構造を採用したボディのバリエーションは4ドアセダンとステーションワゴン(W50A-I型)の2種類。当初、バンはスカイウェイ(V51A-I型)としてラインナップしていたが、後のマイナーチェンジでスカイラインバンとなった。メンテナンスフリー化を積極的に進め、4万kmまたは2年間保障の封印エンジン[2]や、1年間3万km無給油シャシーなどを採用。

1963年10月

第10回全日本自動車ショーに、S50型をベースとした2ドアクーペ「スカイライン1900スプリント」を参考出品。

1964年4月

スタンダードグレード(S50S-I)型追加。

1964年5月

第2回日本グランプリGTクラス出場のため、より強力なグロリアスーパー6用のG7型直列6気筒OHC1988ccエンジンを、ボディのAピラーから前をホイールベースごと200mm延長して搭載したスカイラインGT(S54A-I型)を開発。ホモロゲーション用に100台を生産し販売した。

1965年2月

レースモデルと同等にウェーバー製のキャブを3連装し、125psを出力したスカイライン2000GT(S54B-II型)発売。

1500DXに、フロアシフト追加。

1965年4月

米国統治下だった、沖縄でも(S50E)型の輸出開始。

1965年5月

1500DXに、スペースフロー(AT)が追加。

1965年9月

シングルキャブ仕様(105ps)の2000GT-A(S54A-II型)が追加。2月に発売されていた2000GTは「2000GT-B」となった。このとき、GT-Aは青のGTエンブレム(通称;青バッヂ)、GT-Bは赤のGTエンブレム(赤バッヂ)を装着した。

1966年7月

デラックスとスタンダードの中間グレード的存在の「デラックス・ファイン」という車種が追加された。このモデルは、スタンダードをベースにしたボディに、グリルは、デラックスの物を使用し、ボンネットには、「P」と書かれたエンブレムではなく「PRNICE」と書かれたエンブレムを使用した。

ちなみにラジオ、ヒーターは標準装備で、販売期間が同年10月までの3か月だったので、生産台数が少ない。

1966年8月

プリンス自動車が日産自動車と合併したため、車名をニッサン・プリンス・スカイラインに変更。

1966年10月

マイナーチェンジ。グリルが横桟のデザインになる。

1967年8月

G1型に替わり、G15型直列4気筒OHC1483ccエンジン(88ps)を搭載するS57D型が登場。6万km無給油シャシーとなった。

当時の価格はGTが86万円であった。

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