ピクシブ百科事典

野々村竜太郎

ののむらりゅうたろう

野々村竜太郎は日本の元政治家。2016年現在は裁判で有罪が確定し、懲役刑が言い渡されている。
目次[非表示]

この世の中を……、うわわあぁーん! この、この世の中ああーぁッ! うわあああーああ! この……世の中……、ああーッ! 世の中をッ……変えたい!

概要

1966年7月29日生まれ。大阪府大阪市出身。
自称「ののちゃん県議」、「西宮市希望の女神」、「の野々村竜太郎」。
市役所職員を退職後、次々と地方選に立候補するも4度の落選を経験。その後兵庫県議会議員に立候補した際に、「日本維新の会」とは無関係で実質無所属だが橋下徹の高校の先輩であるという理由で(個人的な付き合いがあったのかは不明)、彼に選挙の応援を何度も依頼するも断られていた。しかし最終的には「西宮維新の会」(パクリ政党)を名乗って当選し、念願の議員となった。

…とそこまでならよくいる(?)地方議員に過ぎなかった。

2014年6月に、2013年度の政務活動費として、「1年で195回の日帰り出張による約300万円の交通費」というどう考えても不自然な支出(兵庫県の城崎温泉に106回、佐用町に62回、東京に11回、福岡に16回の出張で、2日に1回のペースである)があったにも関わらず、義務付けられていた領収書の添付が無かったことが問題視され、そもそもその出張自体がカラ出張だったのではないかとの疑惑が浮上し、6月30日に地元サンテレビからの取材を受ける。
その際女性記者と押し問答になり、「何故今日は駄目なんですか」と大きな声を出されたところでその場から走り去ったが(本人曰く「気がつけば走っていた」)、その走り去る部分だけを編集されて放映されたのが不服であったため、翌日7月1日に改めて釈明会見を行った。


彼としては取材した記者を特定する(訴訟でも起こす気だったのか?)ことが目的なので、

  • 「記者の皆様のお名刺をそれぞれいただけますでしょうか」→「後でも構いませんか?」
  • 今いただけますでしょうか」→「それがないと始まりませんか?」
  • いただけますか!(怒)
という様子で、会見の前に記者から名刺をもらう(というより脅し取る)異例の形でスタート。しかし冒頭から、
  • 「では野々村先生に政治の方針についてお伺いいたします」
という記者の問いかけに対し、
  • 「この度は経理について皆様に迷惑をかけましたことをお詫びいたします」
と答えるという有様で、早くも応答が噛み合わない。挙句の果てには、
  • 「質問にかこつけた暴言や恫喝というような形で、私が怖いなと感じた時点で、この記者会見は打ち切りさせていただきますので、何卒、平常心を持って質問していただけますように、お願い申し上げまして...」
などと記者達をけん制して主導権を握ろうとした。この時点でやましいことがあると自白したようなものである(名刺要求は恫喝には当たらないのだろうか?)。
肝心の不明瞭部分に関する質問においても、

  • 「出張で誰と会っていたのか」→「相手との約束で話せない」
相手の名前を出せないということは、それだけで不正な出張ということにならないだろうか?

  • 「支出が全てグリーン車の料金ですが...」→「到着してすぐに元気いっぱい活動できるようにグリーン車に乗った」
なぜグリーン車に乗ると元気いっぱいになるのか不明。自由席で十分事足りるのではないだろうか?また、議員なのに元気いっぱいという言い方は幼い子のそれであり余りに不自然。精力的という言い方の方がまだ自然である。

  • 「切符の領収書は券売機で発行できるのですが...」→「今初めて聞いて驚いている
領収書が無かったことについての質問だが、券売機を本当に利用していれば誰でも知っている情報である(購入時に画面に大きく領収書発行ボタンが表示される)。その場逃れの言い訳の可能性もあるが、この発言がもし本当であれば相当な世間知らずである。

  • 「どのようなルートで城崎温泉に行ったのか」→「鉄道には興味も無く無頓着なので記憶にない」
会見を自分から開いたのにまさかの「記憶にない」発言。このフレーズは会見中何度も繰り返されることになる。

  • 「106回も行ったのに本当にルートを覚えてないのか」→「電車に乗るために政務調査を行っていたわけではないので記憶にない」
ほとんどの人にとって電車に乗るのはそれ自体が目的ではないであろう。何とも斬新な言い訳である。

などと、はっきりした説明が一切ない上に、最初の威勢はどこへ行ったのか顔をしかめながら幼稚な釈明を繰り返した(時間稼ぎ、又はわざと記者たちを怒らせて会見を打ち切ろうとした説がある)。
しかも、記者からの具体的な質問にはもちろん、ちょっとした相槌を打つ質問に受け答えする時も、必ず手元に置いた名刺を一瞥してから、
  • ○○記者のご質問にお答えします
  • …お答えとさせて頂きます
等の言葉をわざわざ前後に入れるという何とも固い受け答えをする上、短時間の間に何十回も「えー」とはさんで説明しているので非常にテンポが悪かった。
会見が中盤にさしかかると、途中で体が固まって言葉につまる、「アー」「ウー」等の不気味な呻き声をあげる、両手を大げさに動かすなど、傍目で見ても追い詰められていると分かる行動をし始めた。
要領を得ないまま2時間ほど進行した際、記者に色々と追及されていくと、
  • 「議員という県民の皆様から選出された代表という大きなくくりの中では、今ご指摘されている政務調査費、政務活動費、支出報告書のご指摘というのは極めて小さなものであると」
という開き直った発言※をしてから感極まり(「私はね、本当に子供が大好きなんで」という一言がスイッチという説がある)、前述の通り会見直前、記者達に「平常心を持って~」と命じておきながら、もうすぐ50歳を迎えようとしている大の男が駄々をこねて泣きじゃくる光景が繰り広げられた。
※後述にもある同様の台詞への説明参照。

  • 「高齢者問題はわが県のみドゥッフッハッハッハッハー!
  • 「そういう問題ッヒョッフオオー! 解決じだいがために! オレはねえ!」
前後の脈絡もなく高齢者問題を唐突に語りはじめる。しかもまさかの一人称が「オレ」。絶叫は止まらない。

  • 「誰がねえ!誰に投票しても!おんなじやおんなじや思て!」
拳をふりまわしながら文句を垂れまくる。確かに現在投票しても社会状況があまり変わっていないというのは一理あるものの、地味に公職選挙法完全否定であろう。

  • 「サトウ記者※ァ!あなたには分からんでしょうね!
記者の一人に八つ当たり。一体どんな思いで自身のおかしい行為を正当化しようとしているのか。彼の行いを理解できた人は天才であろう。
読売テレビ勤務の実在の男性記者。 彼の発言がトリガーとなった。

  • うわあああーああ!この世の中をック変えだい!」
インチキも同然で当選したというのにどうやって世の中を変えるつもりなのであろうか(というかそれ以前に"どのように"世の中を変えたかったのだろうか)。
…お笑い的な意味では世の中を変えたのかもしれないが。
なお、実際の言い回しは、記事の出だしの部分とほぼ同じである。

  • 縁もゆかりもない西宮市民の! 皆様に! 選出されて! やっと! 議員に! なったんですわ!」
西宮市民からの投票のおかげで(そして維新の名を騙ったおかげで)議員となり、挙句血税をちょろまかしておきながらこの台詞。こうのたまいながら机を叩く様は駄々っ子のようなそれである。

  • 「(政務調査費・政務活動費は)大事ですけれども、議員という大きなくくりの中では、ごくごく小さいものなんです!」
血税を「小さなもの」呼ばわりする本性を露呈、同時に彼の議員生命が終わった瞬間でもあった....。

などと叫び、逆ギレ号泣するという異様な姿を晒した。
ことあるごとに耳に手を当てて傾聴するポーズを取るも、よく見ると耳の前に手を当てていて、「実は耳を塞いでいる」という奇妙なもの。取材に行った人によれば、会見の席上でノイズは一切なかった。Pixivではこのポーズを同じく2014年世間を騒がせたあの人とコラボさせたり被らせたりした作品も投稿されている。また、泣きやんで落ち着いてきたところで手を合わせながらニタニタ笑っている場面もあった。

結局、疑惑については何一つ明らかにされず、何故か高齢者問題等の解決への意気込み(だけ)を訴えてはまた号泣するという体たらくで、会見は支離滅裂なまま終了した。

結果として、その泣き顔の強烈なインパクトだけが全国ネットで放映されて一挙に注目が集まり、漫画やアニメでのパロディネットでのコラージュ作品の題材だけでなく、TVでも野々村氏と身振り手振りやしゃべり方が似ているアンガールズの田中卓志をはじめとしたお笑い芸人のネタとされたり、海外メディアにまで取り上げられ反響を呼んだ。

遂には彼の呼称でもある「号泣会見」が2014年の新語・流行語大賞にノミネートされた。
世間に強烈なインパクトと衝撃を与えた彼とはいえどうしてこうなった

その後

会見後も野々村氏に対して出張についての聞き取り調査が行われたが、野々村氏はあくまで「出張は事実であり、政務活動費は全額返納する」という主張を変えず、出張先での詳細について聞かれると、

  • 「(出張先の面会相手から)今回のことがあり絶交するとの連絡が来た。絶交された上に秘密にするという約束まで破るわけにはいかない」
そして数々の物品購入疑惑についても「詳細はよく覚えていないし分からないがとにかく不正はしていない」という趣旨の、会見同様に誰が聞いてもその場しのぎの嘘にしか聞こえない弁明を繰り返していた。

そして7月11日に一連の問題の責任を取る形で議員辞職した。その直前に彼は
  • 「心身ともに疲れ果て、自殺に追い込まれるのではないかと不安で一杯」
  • 「取材で押しかけられたら、自分の性格なら(記者に)反撃してしまう。そうなると犯罪者になってしまうのでマスコミとの接触を絶っている」
などと被害者ぶった発言をしたためさらに周囲の反感を買っていた(彼の中では自身の不正は犯罪に当たらなかったようである)。そして同日中に、兵庫県議会より、虚偽公文書作成・同行使容疑で兵庫県警に刑事告発された。

ブログにお詫びという名目で文章を公開するも、謝罪に該当する部分はごく僅かであった。実際はマスコミへの取材自粛の要求、前述のサンテレビの記者の実名の暴露(後に名前を間違えていたことが判明、現在は削除されている)、自身の当選した経緯について「維新の名は騙ったが自分は実力で議員に当選した」という釈明(現在は削除されている)など、関係のない内容が大部分を占めていた。
しかも、ところどころに文法や言葉の意味をはき違えている部分があった。度重なる取材に対して偉そうに上から目線で、
  • 「(取材を)厳粛ませんでしょうか!」
という会見時と同様に錯乱して叫んでいるような表現があった。この用法は間違っている。「厳粛」とは、本来なら真剣でおごそかな様子を表した形容動詞である。厳しく自粛しろと言いたかったのだろうか。このように逆ギレとしか捉えようがない文章を掲載することから、この時はまだ自らの立場を理解していなかったことが伺える。

また、彼に対する今回の疑惑がきっかけで、他の兵庫県議会議員にも虚偽公文書作成・同行使の疑いがかかり、市民団体もそれらの議員が政務活動費を着服している可能性があると見て、彼らにも刑事告発をする方針を取った。

会見での騒動から数か月経って、警察による連日の取り調べの結果、ようやく野々村元県議本人も、政務活動費の名目上の目的が全て嘘であったことを認め、不当に着服した政務活動費の用途を今まで5回出馬して失った選挙活動費の回収、生活費、および自身の国民年金保険料に回していたことが判明した。容疑については、
  • 「手元にお金が無いと不安だった、政務活動費を返したくない気持ちを抑えられなかった」
と素直に認めており、警察は詐欺などでの書類送検を視野に入れて更に捜査を続ける方針を取った。

そして遂に、翌年2015年1月に詐欺罪、領収証を修正テープで改ざんしたり切り貼りした虚偽有印公文書作成・公使罪で書類送検されたことがニュースで正式に報じられた。逮捕に至らなかった理由については、以前の主張にもあった通り野々村元県議が不正に受け取っていた合計1800万円以上もの政務活動費とその利息分である90万円近くもの費用を全額返納していたからとのこと。なお、どうやって返納の費用を工面したのかは不明だが、何よりも野々村元県議に言えることは「そんな大金を返せる程の余裕があるのなら尚更血税をネコババするな」ということだろう。


それから2か月、あの号泣会見から232日が過ぎた3月22日、野々村元県議はフジテレビ関西テレビ共同制作のとあるニュース番組のVTRの中で再び姿を現した。息をひそめて生活していたのか、坊主頭で黒いハット帽にコートを着用して眼鏡をかけているという出で立ちであった。彼はとある集合住宅の廊下で、怯えた様にアポなし取材に来た記者から逃げ回っていたが、突然立ち止まってカメラに体当たりをして倒れ
  • 「痛ーい!!痛い!!」
と声を上げて立ち上がり再び逃げ出した。そして追ってくる記者のカメラを乱暴に払いのけ、集合住宅の一室の住民に助けを求めるも「知りません」と一蹴され、再び「痛い!」と口走りながら階段を駆け下りていった。そして、
  • 「助けてー!!助けて!!」
と叫ぶように連呼しながら外に飛び出していき、再びカメラを払いのけると今度は携帯電話を耳にあてて「もしもし」と何回も繰り返しながら逃げていた。その途中で片手の荷物を記者の方へ振り回して追い払う仕草をとり、コンビニらしき建物に逃げ込んだところで映像は終了。結局野々村元県議は未だ説明責任を果たさず、相変わらずの奇人変人ぶりを視聴者に見せつけただけで一旦は再び行方をくらますことに。前述の「取材で押しかけられたら~」という発言が現実となったのであった。
勿論、野々村元県議は既に説明できない分の金額を返却し、ある程度の社会的制裁を受けている上に今や公人でもない上に、記者もかなり悪意のある質問をぶつけていたため、このフジテレビのアポなし押し入り取材に対して批判の声が相次いだ。

それからまた時間を置いて、あの号泣会見からちょうど1年を迎えて間もない8月頃、兵庫県警が野々村元県議を上述の容疑で改めて在宅起訴することが発表された。
同時期に、なんと野々村氏は会見を報道した複数のテレビ局や取材に来た記者複数名を名誉毀損の罪で告訴した。前述の記者達を訴えるだけなら理にかなっているが、例の会見を開いて報道陣を集めたのは紛れもなく野々村元県議自身である。もちろん地検はいずれも不起訴にするとのこと。

公判

それから間もなく、在宅起訴された件で遂に、野々村元県議の初公判が11月24日に神戸地裁で開かれることが発表された。そして同日、野々村氏は自身のブログを前回のお詫びの投稿から1年4か月ぶりに更新したが、内容は報道関係者への取材自粛の要請であり、

  • 取材には一切応じないので裁判への出廷を妨害しないように」
  • 「もし取材等の行為をしてくるならカメラ撮影で証拠の映像を撮り、110番通報し訴える
ということを強調しており、これに至っては自身の不正についての言及がほとんど無かった。しかも前回以上に文法がおかしく、取材を受けることを拒否する気持ちが強すぎるせいか同じ文章をコピペして使っている箇所もあるため、文章全体が異様に長くなり読みにくくなっており、「自身の不正は一切反省していないどころか、ただ保身だけに必死」としか捉えられない文章となっている。
そしてまた信じられないことに、ブログでこれだけ報道関係者に釘を刺しておきながら、野々村氏は同日の初公判を欠席するというボイコット同然の行動に出た。このため同日開かれる予定だった公判は中止・延期になるという事態に。例の会見とほぼ同様の流れ(始めは威勢よく報道陣をけん制するが最終的に自爆)であった。欠席した理由については、
  • 「自宅の前でマスコミと遭遇したため家に引き返し、精神状態が不安定になり出られなくなった」
と欠席した本人が言っていたのこと(行きたくないという気持ちが強すぎるのもあるだろうが...)。

そして再び、やり直しとなった野々村被告の初公判が、年明けとなる翌年の2016年1月26日に改めて開かれることが神戸地裁より発表された。また、前回のように再び裁判を欠席させないため、地方裁判所が強制的に連れ出せるよう法的手続きを行ったという異例の対策が取られた(通常、裁判においてこの強制の連れ出しの手続きが行われるのは、被告人が数回に渡り裁判をすっぽかした場合である)。

そして同日、野々村被告は前述の通り強制出廷のため身柄を拘束され、遂に初公判の場へと現れた。出廷させられた野々村被告は、濃いめのグレー色のスーツを着て、体型は以前よりもかなり太っていて、アポなし取材を受けた時と同じく坊主頭で眼鏡をかけているというまるで別人のような姿で、驚きにより法廷で小さなどよめきが起こっていた。証言台に立つ直前、野々村被告は裁判官や検察官、傍聴席と四方向に深々と頭を下げて前回の初公判欠席の件を謝罪した。その後開始された公判の冒頭でも 、
  • (名前を問う質問に)→「はい、野々村竜太郎でございます
  • (職業を問う質問に)→「はい、無職でございます
と、最初は背筋を伸ばして大きな声でハキハキと答えていた。ところが、肝心の政務活動費詐取に関する質問に対しては、
  • 「虚偽の収支報告を記載して返還を免れようとしたことは、決してございません!」
などと警察の取り調べで不正を認めたことを全て撤回。なぜなのか聞かれると、
  • 「反省すれば検察に理解してもらえると思ったからです」
  • 「(白状した内容は)すべて嘘いつわりで、非常に後悔しております
と、遠回しに警察に非があることを仄めかしていた。さらに出張についての質問にも、
  • 「城崎への出張を繰り返していたとあるんですが」(検察官)→「行ったと言われれば行ったような気持ちになるし、行かなかったと言われれば行かなかった気持ちになります
  • 「では、行ってない?」(検察官)→「覚えておりません!
  • 「『覚えておりません』を繰り返していますが、記憶が無いのか、言いたくないのか、どっちですか?」(裁判長)→「記憶がありません!
と、何とあの会見やその後の釈明と同じような主張を繰り返して起訴内容を否認した。なぜそこまで記憶が曖昧なのか聞かれると、
  • 「(病院から)記憶障害の可能性があると診断されております」
  • (いつ診断されたのか聞かれると)「(ハキハキと)平成27年12月9日です!
などと自分に不利な情報は忘れ、診断日などははっきりと覚えているというかなり都合のいい記憶障害を患っていることをいきなり告白。これ以前にも取り調べを行った警察官の名前や階級も何故かはっきりと覚えていた。そのお粗末ぶりに傍聴席からは失笑が漏れていたという。
領収証を修正テープ等で改ざんした件についても、
  • 「あれは警察官がやったと思っております」
と答え、あまり信じがたい警察による陰謀説まで唱えはじめた。
また、多くの質問の最中に身を乗り出して耳を向けて傾聴するという、号泣会見時の時に見せた耳に手を当てるポーズと似たような姿も見せていた。
あまりにも舐めきった態度に裁判官や検察官は苛立ち、さらには自身の弁護人までも呆れさせるという始末であった。結局野々村被告は最後まで起訴内容を否認し続けたまま初公判は終了。その後野々村被告は3月25日まで神戸拘置所で拘留されることとなり、弁護側がそれを取り消すよう特別抗告を求めるも棄却されていた。

そして2回目の公判日である2月22日、野々村被告は再び出廷。その際の姿は前回からさらに変わっており、眼鏡はかけておらず、上下に黒のジャージを着て、頭の髪を少し伸ばして無精ひげを生やしているという出で立ちで、議員だった頃の面影は全く無く、またしても法廷でどよめきを起こしたほどであった。この日も野々村被告は出張についての質問に対して「記憶がありません」と、前回と同じ主張を繰り返し、
  • 「今日までに記憶を取り戻す努力はしなかったのか」(検察官)→「前回も申し上げましたが記憶障害なので、努力したとか努力しないとかそういう次元のことではございません
と返すなど、終始独特の言い回しで質問に答え続けていた。また、検察側からの質問に対し前回の傾聴するポーズを取ろうとし、検察官から、
  • その格好は結構なんで!(怒)
と一喝され制止される場面もあった。また、被告は前述のフジテレビによるアポなし押し入り取材に対して、
  • 「暴行を受けた」
と不満を漏らす場面もあった。
そして今回の公判も前回とほぼ同じ流れで終了。前回告白した記憶障害の診断書は提出されていなかったとのこと。再び野々村被告は拘留されたが、それから少しの間を置いて、被告が保釈保証金の800万円を納付したため保釈された。また保釈後は、自らのブログ内でニックネームを「野々村竜太郎(本人)@冤罪」とし、自身の好きなキャラクターなどのプロフィールを掲載した上で記事掲載を再開(現在は「冤罪」の部分は消えている)。

7月6日の神戸地裁での判決公判にて、裁判長は
  • 「金銭欲からの犯行で悪質、責任は重い」
としながらも
  • 「マスコミ報道などで社会的制裁は受けている
とし、懲役3年・執行猶予4年(求刑懲役3年)を言い渡した。記憶障害の件は考慮されていなかった。また、期限となる7月20日までに被告、検察のいずれも控訴しなかったため判決が確定した。

公判での不可解な言動や行動が弁護側の指示なのか、彼自身の判断によるものなのかは不明。素直に自分の過ちを認め、反省すれば全員がとまではいかないが、許す人はきっといるはずだし、そんなに罪が重くもならないはずだった。著名な弁護士や法律家からも、
  • 「すでにお金は返還しているし、素直に認めていれば不起訴または数年の執行猶予に落ち着く」
というおおよその見解がなされていた。
なぜ「記憶にございません」ばかりで場を乱して裁判での心証を自ら悪くしていたのかは、全くもって謎である。

抗議ブログ

2016年9月10日(土)からブログにおいてこれまでと同様に読みづらい文章で抗議(正確には勝手にキレている)を行っている。
この時期、富山県で主に自民党会派による政務活動費の不正が明るみに出て、連日ニュースで報道されていた。そのたびに、前例として自身をとりあげているニュース番組やワイドショーに対して、

  • 「刑が確定して反省、謝罪、誓約した私に対して~」
  • 「日常生活に支障が続いて社会生活ができず、死んでも更正できないではありませんか!」
という自身を弁護するフレーズを必ずつけて勝手に遺憾の意を表明し、番組や出演者に対し謝罪を要求していた。
特に同年9月29日(木)の「社会復帰するには」では
  • 「それほど、私に死んでほしいのですか?」
などとキレて噛みついている。
それだけでなく
  • 「マスコミ、議会、警察、検察、裁判所が、如何に恐ろしいものか」
などと被害者ぶるような文章まであった。
  • 「万が一、発作的に自殺した場合は、この記事が一因であることを遺言致します」
と自分を人質にしたような表現まであるが、これは「自殺予告」という名の「脅迫」にならないのだろうか。

このブログの前にも、意図は不明であるが過去の議員時代の発言をコピー&ペーストをして2016年4月30日から6月20日まで毎日欠かさず投稿していた。

警察の批判

野々村氏はツイッター(https://twitter.com/nonomuraryutaro/status/785071158982877184)で警察を批判していた。完全に根に持つタイプであり、己が「犯罪者」と認めた証拠である。

余談

実は疑惑が表沙汰になる以前にも、関係者の間では学生時代に「発作マン」とあだ名をつけられるほどかなりの癇癪持ちで知られており、公務員時代にも市民とのトラブルが絶えなかった。
また、2012年に県が信託銀行から訴えられた裁判に関する県議会でも、

  • 仏の野々村竜太郎が、龍神と化して龍がごとく、当局を食らい尽くし、議会を焼き尽くすほど、追及しなければなりません」
という何かのアニメを思わせる奇抜な発言をしていた。
議員に当選してからは結婚を熱望。それは構わないのだが、問題は議会の質疑応答で全く議題と関係ないのに自身の婚活アピールを話していたことである。
議員公式のtwitterでも、
  • 近未来の愛する子供たちと家庭を一緒に築ける近未来の妻となる女性とお付き合いしたい」
などと自身の婚活の実況を行っていた上、
  • 兵庫県議会が憎い。兵庫県議会が憎い。兵庫県議会が憎い。(計11回)
という兵庫県議会への恨み節や、
  • 「最後には誠実な者に女神の微笑みが与えられると確信する。」
と、何かの宗教に関するスピリチュアルなつぶやきを繰り返していた。
問題は私人ではなく議員としてのtwitter上でこのような公私混同のツイートをしていたことである。ちなみにあの号泣会見から少し後、そのtwitterは鍵アカウントとして非公開状態となっている(その時点からフォロー・フォロワー数も次第に減り、現在は0である)。
また、当選後の初の議会で行われた各議員が担当する常任委員会決めで、希望していた警察常任委員会の抽選で自身が外れた際には激昂し、
  • これは不当だ、裁判に訴えてやる!
とただ一人叫び、公正な抽選だと説明されても
  • だったら次回は希望をかなえるよう誓約書を書け!
と怒鳴り散らした挙句、当選した同僚の議員に向けて「嘘八百」というタイトルの
  • 強制であり、調整ではない! 平成23年に引き続き、この恨みは、一生忘れない!
という逆恨みメールを送るなど、周囲との軋轢も少なくなかったとのことである。

なお、県議会ではマザコンと見られる行動が目立ち、県庁に母親をよく傍聴席に招いていてわざわざ議会で呼びかけることもあったという。

当初は会見の異様さに笑っていた人の中でも、こうした言動を知って野々村の映像が笑えなくなったという。


カラオケを趣味としている(本人曰く「家族になろうよ等カラオケ」)おり、歌のレパートリーは「北酒場」や「熱き心に」など。Facebook上によくカラオケの自撮り動画を投稿していた。現在では一部の動画サイトで視聴可能であり、歌唱中の奇妙な手の動き、特に「熱き心に」での独特の振り付けは必見である。


野々村氏自身は議員に立候補した際にマニフェストとして「不正経理の追及をする」「税金の無駄遣いを正す」と両手でチョップを繰り出しながら主張していた。見事なまでのブーメランだったが。 動画内では具体的な政策は全く提示していない

作品の傾向

野々村本人の似顔絵はもちろん、上記の号泣会見のパロ絵にもこのタグがついている。

Mr.ハートランド 号泣会見
号泣ろしあちゃん


野々村議員のトレス。by及川さん


野々村さんをジョジョにしてみた
しれ゛ぇには゛わ゛か゛らな゛いでしょうけどね゛ぇ!!



MAD議員

上記の概要のようにコラージュの1種とされている、野々村議員の呼称。
ネットでのコラージュ作品の題材でもユーザーがこう呼ぶこともしばしば。
別名「リュウタロイド」「ザリガニ(誰がねぇ!の空耳)」などと呼ばれることもある。

関連タグ

政治家 ガチ勢 泣き顔
フルスロットル謝罪 子供 子泣き爺 
号泣会見 号泣会見パロ NNMR エシディシ
キセキの世代2014 疑惑トリオ2014

pixivに投稿された作品 pixivで「野々村竜太郎」のイラストを見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 1503392

コメント