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松本良順の編集履歴

2024-02-25 01:52:59 バージョン

松本良順

まつもとりょうじゅん

日本の江戸時代における、幕末期の蘭方医。

概要

1832年7月13日~1907年3月12日

江戸の生まれで、旧名は佐藤良順で、幕府医官の松本家の養子になった。

その後、幕府が海軍士官養成のために長崎で実施した海軍伝習が行われている長崎海軍伝習所に赴き、そこでオランダ軍軍医のヨハネス・レイディウス・カタリヌス・ポンペ・ファン・メールデルフォールトから西洋医学を学ぶ。

医師となった後は、緒方洪庵が頭取を務める医学所(東京大学医学部の前身)で彼を補佐し、洪庵が没すると後を継いで頭取となり、ポンペ直伝の近代医学教育法を導入した。

将軍侍医も務めており、徳川家茂の主治医として最期まで治療を続けた。

新撰組近藤勇と親交があり、隊士の治療も行った。

戊辰戦争では旧幕府軍に従軍し、仙台で降伏。

放免後に山県有朋軍医となった。

温泉治療や海水浴の効果を説き、神奈川県大磯町に海水浴場を開いた。

永倉新八の頼みで近藤勇と土方歳三の供養塔を建立している。


創作作品

薄桜鬼

CV:佐藤広太

幕府と隊のお抱えの蘭医。雪村千鶴と知り合い。


関連タグ

幕末 明治 医者 新撰組

薄桜鬼 雪村千鶴

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