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大姫の編集履歴

2014-09-28 00:39:23 バージョン

大姫

おおひめ

平安時代末期、鎌倉時代初期の女性。源頼朝と北条政子の娘。

概要

鎌倉幕府を開いた源頼朝の長女で母は北条政子

大姫とは貴人の長女を意味する通称で、本名は不明。


6歳の時に頼朝と対立した源義仲との和睦のため、人質として送られた義仲の嫡男・義高と婚約する。

親の思惑が仕組まれた婚約であったが、大姫と義高は兄弟のように仲むつまじく、特に大姫は未来の

夫となる義高を慕っていた。



悲劇


しかし、義高の父親である義仲が頼朝との争いに敗北すると状況は一変。

頼朝は、利用価値のなくなった義高を殺害する事を決意。

侍女たちから知らせを受けた大姫は、明け方に義高を女房姿にさせ、侍女たちが取り囲んで邸内から出して鎌倉を脱出させる。だがそれを知った頼朝は激怒し、部下に処刑を命じた。


義高は潜伏していた場所で藤内光澄によって捕らえられ処刑。

この事は内密にされていたが、大姫の耳に入り、彼女はショックのあまり水も喉を通らなくなり、憔悴して病気になってしまう程であった。


母である政子は大姫の病の原因が義高を討ったためだと頼朝に強く迫り、藤内光澄は晒し首にされた。


この事件によって7歳であった大姫の心は深く傷付き、生涯義高への思いに囚われては床に伏す日々が続く。



愛しい人の面影を追って


17歳の時に従兄弟の一条高能との縁談話が舞い込むが、亡き義高を恋い慕う大姫は「そんな事をするくらいなら深淵に身を投げる」と一言のもとに拒絶。頼朝はそれ以上話を進める事をあきらめる。


両親はあらゆる手を尽くして、寺院に病気平癒を願ったが、

大姫は病から回復する事なく建久8年7月14日(1197年8月28日)に死去した。享年20。



義高と大姫を扱った作品

・藤野もやむ「あの日見た桜」(スクウェア・エニックス)

・倉本由布「夢鏡(ゆめのすがたみ) 義高と大姫のものがたり」(コバルト文庫)

     「鎌倉盛衰記<一>海に眠る 義高と大姫」(コバルト文庫)


関連イラスト

ずっと一緒がよかったのいとしいとしといふこころ

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