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ジョン・ゲイシーの編集履歴

2015/06/17 13:55:17 版

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概要

John Wayne Gacy

ジョンゲイシー

(1942-1994.52)

 アメリカの重犯罪者、シリアルキラー(大量殺戮者)という観念を作るきっかけになった代名詞的存在。

 心臓に疾患のある病弱な子供時代に、性格が行かれた両親(特に父親)に虐待・奴隷労働の責め苦を受け育つ、生い立ちの背景もあり非常に歪んだ権勢欲のある人間に育つ。ジョンは商才に恵まれており地域の会社を立ち上げ社長になるまでに上り詰め、自身の過去の経歴から恵まれない子供に慈善活動を行った、さらにその慈善活動の功績から地元の名士となり、アメリカの国政・地域の政治家などの権力層などにも人脈を持ちアメリカ大統領の野心まで持つようになった。

 しかし、根本的に性格の破滅的歪みが改善されたわけではなく、とうとう彼の欲望は殺人への衝動を抑えきれなくなった。彼の殺人的好奇心はすべて細マッチョ美少年に向けられており、目にかかった少年を会社のバイトという目的で面接を行いに来させたあと、隙をついて縛り上げて水攻めなどの拷問の挙句、細い首を縄で少しずつ締め上げて殺しまくった。そして殺した少年たち33名を自宅の庭や家の土台などに埋めるなど異常な行為を繰り返した。

 しかも凶荒中であってもゲイシーは通常の生活を続け、子供たちの慈善活動※1などをおこなった、(しかしその慈善行為も獲物の物色のためであった。)

1987年、ジョンゲイシーは青少年行方不明事件となっていた警察の捜査結果ついに逮捕された。家宅捜索に入った家は異臭が凄まじく、検察は証拠物件を集めたために家の土台ごともっていった為、地獄のような様相となった。

 ジョンは逮捕された後も、なんと自分自身が弁護士となり裁判を嫌というほど延長させたり、刑務所の中で一緒の哲学者や芸術家のように振る舞い(TVのインタビューなどにも進んで出る)などまったく自身の犯罪について思いをはせることはなく、それどころか『どれほど少年の殺害が面白いか』という自説を雄弁に垂れまくったりした。そうゆう異常な胆力を持つ犯罪者だったので精神学者や学者などでは研究の対象となりいろいろな論文が書かれた。

 1994年にジョンゲイシーは毒殺刑(死刑)に処された、通常ならば5分ですむ処置が30分以上かかったためジョンは壮絶に苦しみながら逝ったと言われる

【追記】

  • ※1 この時の慈善活動でジョンはよくピエロに扮して面白がらせていたので、『殺人ピエロ』と称せられるようになった。
  • ※2 あまりにも存在・性格が絵に書いたような悪魔的犯罪者だったので、映画や小説やキャラクターなどのモデルになった。

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