三遊亭金馬
さんゆうていきんば
三遊亭金馬は、落語家である。当代は4代目であるが、ここでは3代目について述べる。
概要
本名:加藤 専太郎
1894年10月25日生まれ、1964年11月8日没。
1912年に講釈師の放牛舎桃李に入門するが、翌年初代三遊亭圓歌に入門し落語家に転向、三遊亭歌当を名乗る。
1915年、二つ目に昇進し、2代目三遊亭歌笑を襲名。
1919年、三遊亭圓洲に改名し、翌年真打昇進。
1926年、3代目金馬を襲名。
1934年、東宝の演芸興行である東宝名人会専属となり、落語協会を脱退。
1954年、列車に轢かれて左足を失う。それが客に知られないように、高座に出入りする際は緞帳を下げていた。
1964年、死去。1967年に5番弟子の三遊亭小金馬が4代目金馬を襲名する(兄弟子が廃業や早世や移籍でいなくなったため)。
趣味は釣りで、ひいきにしていた竿職人がいたが、東京大空襲で亡くなったため、その遺児である幼い兄妹を自分の子のように育てる。その妹の方はのちに初代林家三平と結婚する海老名香代子である。