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東京大空襲

とうきょうだいくうしゅう

太平洋戦争時に東京に対して行われた空爆

太平洋戦争中、アメリカ軍東京に対して行った空爆

「東京大空襲」と言うと3月10日未明に行われた下町空襲を指すことが多い。これ以前にも東京空爆は何度か行われているが、軍需工場や港湾施設を目標とした戦略爆撃が主で、民間人の被害はそれほど大きなものではなかった。

3月10日の空襲は、太平洋戦争において民間人を対象とする最初の無差別爆撃であった。日本家屋の破壊のために特別に開発された焼夷弾が下町に集中的に投下され、折からの季節風も手伝い火災の勢いは凄まじいものになった。上空には竜巻並みの暴風が吹き荒れ、東京の東半分はさながら火の柱となり、東京都民もろとも下町を焼き尽くした。この日の空襲は10万人もの死者・行方不明者を出したが、一回の空襲で発生した死者数では世界でも他に例がなく、今に至るまで史上最大である。

アメリカ軍はこの日の空襲で戦略爆撃の効果を高く評価し、他の日本の大都市や、中規模都市までが同様の手段で焼き払われた。

東京においては、4月13日には王子・赤羽地区を中心とした城北地域が、翌15日には大森・蒲田地区を中心とした城南地域が空襲・機銃掃射を受け、さらに5月25日には、それまで空襲を受けていなかった山の手が空襲を受ける。一連の空襲により、東京市街地の半分強が焼き払われた。

5月25日の空襲では、米軍捕虜らが巻き込まれて焼死しており、戦後の連合国による裁判で看守らが死刑となっている。

なお、対日無差別爆撃の発案・責任者であるカーチス・ルメイには、戦後に日本国政府から勲章が授与された。これについてルメイは「もし、我々が負けていたら、私は戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸い、私は勝者の方に属していた」と語っている。

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