なろう作者には3種類が存在する
1.勝ち組
2.使い捨て
3.底辺
1.勝ち組とは?
原作が書籍(小説・漫画)化された上でアニメ化された作品を書いた人である。
2.使い捨てとは?
原作が書籍(小説・漫画)化されたが、実はつまらなかった為打ち切られた作品を書いた人である。
打ち切りの原因については、イラスト担当絵師の技量や作者の人格や行動。元々つまらない等が理由に挙げられる。
元々つまらないのに何で書籍化出来るのかと言うと、そう言う技が有るんだってさ。
3.底辺とは?
そう言う技を使っても人気の出ない人。
この記事では主に3のなろう作者について説明を致します。
3の方の特徴として、その方の特徴を説明すると……
●ネット上において、とあるクラスタに入っている事が多い。
●小説のルールを知らない、または読者が絶対知っていると思い込んでいる。
●なろう系テンプレで書いている。
●説明文が多い。
●ファンタジーがファンタシーしていない。
●作品の知識が間違っている事がある。
●作品のキャラが薄い。
●作品がつまらない。
と大体こんな感じである。
この人達は自分の小説を読んでもらう代わりに、クラスタ仲間の小説を読みに行く事を小説を書く事と同意義にしており、それ以外の人々の目に作品が触れられる事はまず無い。
基本は小説家になろうと言うサイトにたむろしているが、作品が目に触れればキチンと読んで貰えると勘違いしている作者が多く、自意識過剰が多い。
そして他の複数サイトに自分の作品を投稿し読者から無視されるのである。
何故無視されるのか?
だって他のサイトは、なろう小説を読みに行く所ではないから。
この人達は蠱毒の虫そのものであり、自分はそうでは無いと集団で別のサイトを占拠しその場を蠱毒の壷に変えていく害虫集団。
検索のお邪魔虫。
最後に、なろう作者(底辺)の作品は面白いか面白くないか?
面白かったら底辺では無いし、人の目に触れても人気が出ないから底辺なのである。
つまり面白くない。
下記はなろう作者(底辺)に在りがちな小説例てある。
第一話を開くと画面いっぱいに一人称で説明文。
一人称の利点は主人公の臨場感なのに、地の文が十行以上続き説明文と化す。
しかもそう言う作者に限って、一話の内容を短くする為と考えている。
文字数は書き方によって量の良し悪しが決まるモノで、別に全ての読者が通勤や通学中に読んでる訳では無いので、実は話を強制的に短くする必要は本当は無い。
しかしなろう作者(底辺)はそれに気付かず、説明文の塊にしてしまう。
人によっては行間が存在しない為、文字の暴力が発生する(スマホは多分酷い)。
臨場感が無い上に、キャラにアクションやリアクションが薄い所為で物語自体が平坦。
ファンタジー(幻想)の構築が出来ていない(ゲームの様な世界ですらない)。
そう言う作者に限って正統派ファンタジーと書いてしまう。
人が人ではない。
山場が無い。
個性が無い。
なろう系テンプレで書かないといけない位、引き出しが無い。
Wikipediaの説明を再現性を考えずにそのまま使ってしまう。
Wikipediaすら調べない。