本書は柳田国男、速水保孝、石塚尊俊らによる憑きもの研究を「人間に害悪を及ぼすものだけに限定している」として厳しく批判すると同時に、人類学で単なる「possession」の訳語として「憑きもの」の語が用いられてきたことにも警鐘を鳴らしている。
小松は憑きものを極めて広い範囲で定めており、例えば座敷童は家(ここでは家屋を意味する)に憑くという点で憑きもの筋と類似した面を有するものの、それはプラスの影響を人間に与えるという点から、石塚らの提示した憑きものとは別種だと述べている。
小松は「憑きもの」という単語について、「つき(=ツキ)」という日常とは別の理解できない状態にある人間を何とか説明付けようとする際に、便宜的に「もの」という単語を語尾に付与することで、人間は<日常+α>の力を与える非日常な存在(幸運の女神、もしくは犬神といった憑きもの筋に現れる憑きものなど)を空想し、心の安定を得ると考えた。この考えから、小松は「憑きもの」という単語について、「もの」は本質的な意味を有さず、「憑き(=ツキ)」の部分だけが意味を有すると述べている。彼はこうした非日常に何とか説明を与えようとする人間の心の働きを「説明体系」と名付け、この中で「嫉妬」から起こる説明体系の発現が日本における憑きもの筋の本質であり、石塚の第二期入村者説は限定的な面を見ているに過ぎないと批判した。
本書は今日の人類学において憑きもの研究のバイブルとされ、多くの研究者に「説明体系」のパラダイムが受け継がれている。
しかしながら、民俗学の方面からは少なからず批判が噴出していることもまた事実である。例えば、小松の提示する「説明体系」も、憑きものに限らず人間社会の習俗において、人々が理解の外にある事柄に、伝説や神話を踏まえて何らかの「説明」を行おうとしてきた事例は枚挙に暇が無く、日本における憑きもの筋問題の根底にも「説明」が有ったことなど、柳田による初期の研究から理解されている。そうした上で柳田、速水、石塚らが憑きもの筋問題に真っ向から取り組んだのは、ひとえにそれが婚姻を中心とした重大な差別に繋がっており、そうした差別の解消を願ったからであった。また、小松は石塚の憑きもの理解を限定的だと批判しているが、石塚は『日本の憑きもの 俗信は今も生きている』の中で、少なくとも「自然に動物が憑くもの」、「人に使役された動物(東北のクダ狐など)が憑くもの」、「家に憑いた動物が自然と憑くもの(いわゆる憑きもの筋)」の三種類を想定しており、その中でも憑きもの筋だけを採り上げるのは、憑きもの筋問題に付随する社会的緊張を解消するためであると述べており、同時に家に憑く憑きものが家主に幸福をもたらす時もあれば災いをもたらす時があることにも言及するなど、小松の言う「プラス」の憑きものを慮外のこととしていたわけではない。また、柳田や折口信夫、谷川健一らが憑きものの具体的事例に大きな関心を寄せたのは、憑きもの(特に憑きもの筋)が生まれ、受け継がれた経緯や背景にこそ日本文化の本質があったとする考えからであり、憑きものそのもののコンテクストや社会学的意味に着目した小松の研究とは少し観点が違っている。そのため、憑きものとして憑いている具体的な「もの」を徹底的に研究した民俗学の功績を、一言で切り捨てることは出来ない。
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