ティベリウス・カエサル・アウグストス
てぃべりうす
第2代ローマ元首アウグストス家2代当主(在位:紀元14年 - 37年)。デゥイ・アウグスティ・フィリウス
うわ・・タイラントだ・・・ティベリウスを見た命知らずのローマ市民の反応・・。
- ティベリウス・ユリウス・カエサル、(デゥイ・アウグスティ・フィリウス)
- 古典ラテン語:Tiberius Julius Caesar
- 世没:紀元前42年11月16日 - 紀元後37年3月16日)
- ローマ帝国の第2代ローマ元首(在位:紀元14年 - 37年)
- 即位時: Tiberius Julius Caesar Augustus
- 皇帝名:Imperator Caesar Divi filius Augustus
初代元首アウグストゥスの養子。
養子となる以前の名前は実父と同じティベリウス・クラウディウス・ネロ。
なおイエス・キリストが刑死したときのローマ皇帝である。
キリストの言葉の一つに「神のものは神に、カエサルのものはカエサルに」があるが、この時の「カエサル」とはティベリウスのことである。
『絶対に元首になりたくない』
『後継者』がいないアウグストスが『かなり妥協』して死の床で元首指名した、
50代で元首に就任 神皇アウグストスの息子(デゥイ・アウグスティ・フィリウス)として即位した
文化政策をほとんど行わない度が過ぎたケチぶりで有名、健全財政だったが人々の生活に娯楽がない時代だったようでローマ市民の支持はまったくと言っていいほど得られなかった。
そしてなぜかセナートスとの関係も最悪であった、彼自身先代のアウグストスのよう元首が適材適所を元老議員などに与え統治したいと願ったが。元老議員をうまく使いこなせなかった・・。
結局、彼自身に元老議員にまったく言っていいほど人望がなかった・・。そのせいで彼はいつも『恐い顔』をしていて、猫背になり。なにか不気味な雰囲気が付きまとった
現在の政治家だったら全く問題ないだろうが、当時では『まじめ過ぎて恐い』と言われ続けてついに『tyrant』の語源になってしまった気の毒な元首であるティベリウスは生きるのがつらかったろう。彼自身『絶対に元首になりたくない』という記述があった。
ただ晩年の『稚児狂い』は真実かもしれない。このときの稚児狂いの犠牲者に後のカリグラ少年がいた、という。
ティベリウスは死後の神格化をかたくなに拒んだ唯一のローマ元首でもある
ローマ人は政治ができるだけでは満足しないのだった・・・・