流血のファントム
りゅうけつのふぁんとむ
経緯
衝突事故
フリー演技直前の6分間練習中に、その流血事故は起こった。
ジャンプの軌道に乗って猛スピードで滑走中だった羽生と、中国の閻涵が激突。
二人は氷上に倒れ伏し、会場は悲鳴に包まれた。
衝撃の大きさに羽生は立ち上がることができず(演技後にインタビューをした松岡修造に対し「みぞおちに入っちゃったんで」と説明)朦朧と意識を彷徨わせた様子で、氷の上に長時間横たわっていた。
やがて駆けつけたメディカルスタッフに支えられ羽生は立ち上がったが、額とアゴから流血。アゴは7針、額は3針縫う怪我を負っていた。
目が虚ろで足元がおぼつかない様子の羽生の様子を誰もが心配し、(脳震盪ではないかと疑われたが、アメリカチームの医師はこの時、脳震盪ではないと診断)誰もが棄権だろうと思った。
しかし…
「跳ぶ!!」
頭に包帯を巻き、アゴにテーピングを施した痛々しい姿で、羽生は再び会場に姿を現す。
中継していた報道関係者、会場にいた観客、TVを観ていた視聴者はみな「まさかこの状態で滑る気なのか?」と心配し混乱したが、羽生は「身体が一番大事だ。ヒーローになる必要はない」と冷静に諭すコーチのブライアン・オーサーの制止(オーサーは翌日「競技に出たいというユヅルの意思は固かった」と述懐している)に一応は頷くも、鬼気迫る形相で「跳ぶ!!」と叫び、再びリンクに戻っていった。
4分30秒の闘い
オーサーと握手を交わし、羽生は包帯を巻いたままの満身創痍の状態で競技に挑むこととなった。
曲は「オペラ座の怪人」。
5回転倒するなど本来の実力は到底出しきれなかったものの、転ぶたびに諦めずに立ち上がり、驚異的な執念で最後までプログラムを滑りきった。
中国の実況はこの羽生の姿を「虎のように強い心を持っている。このような強い精神を持っている選手に、我々は最高の賞賛を送る」ユーロ実況は「信じられない。諦めることを絶対に拒んだ。驚嘆に値する。なんて男なんだ」と称えた。
なお4回転は回りきってからの転倒であったため2回認定されており、後半のトリプルアクセルを含むコンビネーションジャンプもきちんと成功させている。
もちろん大幅に減点されたため、パーソナルベストとは程遠い154点という得点だったが、この大会における順位は2位となった。
キス・アンド・クライで点数を見た羽生は、張り詰めていた緊張の糸が切れたように顔を両手で覆って声をあげて泣き「ありがとうございました」と日本語で感謝の言葉を述べた。
賛否
最後まで諦めずに滑りきった羽生の強靭な精神力に対する賞賛の声が多く寄せられたと同時に、一歩間違えば選手生命を絶たれる事態に陥った可能性もある怪我をおしてまで強行出場したことを疑問視する声も多く挙がり、賛否がわかれる事態となった。
特に、国際試合に日本からは医師を帯同させていなかったり、事故が起こった際に選手を棄権させるガイドラインが存在しないスケート連盟に対する批判が集中した。
これを受け日本スケート連盟は、遠征にドクター帯同を検討するなどの医療態勢改善へ動くことになった。