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国譲りの編集履歴

2015-06-16 20:33:11 バージョン

国譲り

くにゆずり

古事記・日本書紀に描かれた神話。国つ神と天津神による葦原の中つ国を治める利権をめぐる物語が記される。

概要


大国主命の指導で繁栄と平和を謳歌する葦原の中つ国(日本列島)を見た天照大神は、

「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国は、我が御子、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命知らす国ぞ(この葦原の中つ国は大国主ではなく、我が子の治める国である)」

と宣言して配下の神々を集めて献策させ、使者の派遣や策略による支配を推し進める。


だが、長男の天忍穂耳尊とその弟である天菩比神は失敗してしまい、臣下の天若彦は督促しに来た雉の鳴女といさかいを起こして彼女を殺害した罰として死んでしまう。対策に悩んだ大神は知恵袋でもある智の神・思兼神の提案で、建御雷神と言う強力な武神を送りこんで、


「汝が宇志波祁流葦原中国は、我が御子の知らす国ぞと言依さし賜ひき。故、汝が心は奈何に(天照大神は、貴公が不法占有している葦原の中つ国を我が子がお治めになる国であるとワシに言付けられた。譲るかどうか承ろう!)」

と圧力をかけた。大国主命が意見を求めた二人の息子のうち、長男の事代主神は「畏まりました」と快諾したが弟のタケミナカタは「アンタとオレと力比べして決めようぜ」と言い、建御雷と格闘の末に諏訪まで追い込まれて降参した。


こうして大国主は降伏し、

「唯僕が住所をば、天つ神の御子の天津日継知らしめす登陀流天の御巣如して、底津石根に宮柱布斗斯理、高天の原に氷木多迦斯理て治め賜はば、僕は百足らず八十くま手に隠りて侍ひなむ(ワシの宮殿を天津神の皇子がお住まいになる宮殿のように、地底へ届く太い柱と天まで届く城にして下されば幽界の王として引き下がりましょうぞ)。」

と申し出て地上から姿を消し、新たな神々の時代が始まった。

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