概要
1989年3月10日生まれ、キューバ共和国・ビジャ・クララ州レメディオス出身。
2004-2005シーズンに15歳で国内リーグ"セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル"デビュー。
2007-2008シーズンまでナランハス・デ・ビジャ・クララに所属。
2008年5月にいかだに乗ってキューバから亡命し、アメリカ合衆国のフロリダ半島に上陸した後、ドミニカ共和国で居住権を確立。同年12月12日に同じくキューバ出身の亡命選手であるホセ・コントレラス、アレクセイ・ラミレスが所属しているMLBのシカゴ・ホワイトソックスと4年総額1000万ドルで契約を結ぶ。
2010年6月20日のワシントン・ナショナルズ戦で21歳にしてメジャーデビュー。
2012年はホワイトソックスの正左翼手として147試合に出場。
しかし成績は振るわず、2015年1月12日にホワイトソックスと440万ドルの1年契約に合意した6日後後に戦力外となり、2月4日に解雇された。
2015年3月にトロント・ブルージェイズと、6月にオークランド・アスレチックスと、8月にホワイトソックスとマイナー契約を結ぶがすぐに自由契約(解雇)されている。
2015年12月1日、中日ドラゴンズが獲得を発表。背番号は落合博満が監督時代につけていた66に決まった。
2018年は首位打者と最多安打の2つのタイトルを獲得。
2020年中日の外国人選手としてはアレックス・オチョア以来16年ぶりとなるゴールデングラブ賞を一塁手部門で受賞。
キューバ野球の英雄でかつて中日にも在籍した、現・中日ドラゴンズ巡回コーチオマール・リナレスを尊敬している。
また2019年から千葉ロッテマリーンズ所属のレオネス・マーティンとは幼馴染の間柄で、ナランハス・デ・ビジャ・クララ時代のチームメイトでもある。