来歴
幕末の会津藩大目付・高木小十郎の長女として生まれる。母親は大変な美人であったらしい。
山本八重より、1つ年下。山本家とは斜め裏の隣家であったことから八重とは親友であった。
また高木家と日向家は隣通しで、日向ユキは良く高木家で過ごしていた。
祖母が裁縫を教えており、盲人だったが何でも出来る人だったという。
父親の小十郎は京都の禁門の変にて戦死し、その後は長男の盛之輔が家督を継いだ。
時尾は会津藩藩主・松平容敬の養女であった照姫の中臈で書記を務めた。
会津戦争で八重が戦う際に、男装・断髪の髪を脇差で切ろうとするも、上手くいかず時尾が手伝ったと言われる。
その後は鶴ケ谷城内にて負傷者の応急手当・看護にあたった模様。