ゲルハルト・バルクホルン
げるはるとばるくほるん
ゲルハルト・バルクホルンとは、ドイツ空軍のエース・パイロット。
概要
第二次世界大戦時のドイツ空軍パイロット。
撃墜数301機というエーリヒ・ハルトマンに次ぐ記録を出す。
1919年3月20日、東プロイセンのケーニヒスベルクで生まれる。
1937年にドイツ空軍に入隊、訓練修了後は第2戦闘航空団第3中隊に配属される。
1940年に第52戦闘航空団第2飛行隊第6中隊に配属し、バトル・オブ・ブリテンに参戦するが、一度も撃墜できず、しかも二度被撃墜される。
しかし、東部戦線において初戦果を記録した後、一ケ月で5機撃墜してエース・パイロットになり、更に立て続けに驚異的なスコアを更新し、ついには史上二人目の300機撃墜を果たす。
戦後は、恋人のクリストルと結婚し西ドイツ空軍に入隊する。
しかし、1983年1月6日、バルクホルン夫妻は、ケルンで自動車事故に遭遇し亡くなる。
性格
自己主張が強いドイツ人の中では、もの静かで控えめな人物だった。
誰が撃墜したかわからなくなった時でも、気前良く戦果を部下に譲ったという。
敵機に命中弾を与えた後は必ず脱出のための機会を与えるなど、パイロットの技量よりも優れた人格を高く評価されている。
ハルトマンもバルクホルンが損傷させたソ連軍機に近づき、横につけるや身振り手振りでパニックに陥っているソ連軍パイロットに脱出を促して脱出させているのを目撃している。帰投後にハルトマンはその行為は手ぬるく確実に撃墜すべきだったと言ったが、バルクホルンは「ブービー。彼も美しいロシア婦人から生まれた時は赤ん坊だった事を忘れてはいけない。彼にだって幸福になる権利はあるんだよ」と諭したという。