ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国
ろしあそびえとしゃかいしゅぎれんぽうきょうわこく
英語:Russian Soviet Federal Socialist Republic
露語:Российская Советская Федеративная Социалистическая Республика
ソ連の構成国のなかで最大の国家でありソビエト共産党が直接統治した国家とされる。
現在のロシア連邦と同じ領土である、議会は一院制のロシアソビエト連邦共和国最高議会、ロシア最高会議元首はソ連最高会議議長(ソ連元首)が兼任かわざと空席にしていた、この職はソ連共産党中央委員会第一書記(書記長)が独占していた。
※ロシア最高会議とソ連最高会議は違うものである。
ソ連末期のロシア共和国
ソ連末期の共産党に対するクーデターや内乱にまぎれ、モスクワ市の第一書記のボリス・エリツィンがロシア最高評議会議長に勝手に就任した、これはソ連最高議会とロシア最高議会の力関係が逆転していたために起こったことである、当時のソ連元首のミハイル・ゴルバチョフがこれに対処するためにソ連大統領となりソ連大統領令を出しエリツィンとロシアの進出を止めようとした。
ソ連大統領令を出されたエリツィンが抵抗するには独立しかなかったのである。エリツィンと最高評議会(ロシア政府)はますますソ連離れを進めかつてのロシア国旗を採用したりついにはロシア共和国大統領を創設したりした。ソ連のロシア国民はこれを支持した。
ソ連はソ連軍を出動させロシア大統領の一派を鎮圧しようとしたがソ連軍は動かなかった、なんとソ連軍はソ連軍が「エリツィン」と「ロシア」を公然と支援したからである
もはや『ロシア国内』でのソ連の権威は地に落ち完璧に行政権・統治権・軍事権を失った。ソ連大統領のゴルバチョフとソ連共産党に食い止める手立てはなく、ゴルバチョフは共産党と、ソ連大統領の職を辞意し、クレムリンから追い出された。
エリツィンのクレムリン入城
ゴルバチョフが追い出されると、エリツィンはクレムリンに入城した。その後ロシア共和国はロシア連邦として正式に独立し、クレムリンは大統領府となった。ロシアの首都はモスクワと再設定された。